まさかの誤解をされました

「ほら昼食だ。エレナもしっかり食べてくれよ」

「助かる」


 止まって休憩をする。雲一つない晴天で、照り付ける太陽が眩しい。


「ああ、ちゃんとした食べ物にありつけるというのは幸せなことなんだな。初めて知ったよ」

「それすごく分かります」


 ルナも神妙な面持ちで頷いているぞ。いや理屈は分かるんだけど。


「今までどんな生活をしてきたんだよ……」


 聞かずにはいられない。呆れとはまた違うな。これは、哀れみ……?かもしれない。あるいは、いや、やはり哀れみか。あまり好きな感情ではないな。


「金もなく、食べ物もほとんど持っていなかったから、そこら辺の草とか魚を食っていた。正直、ここ最近は魚ばかりだったし、雑草も悪くはなかった」

「私はもともと貧しい村の出身なので、お腹いっぱいに食べられるということはあまりなかったです。それに奴隷商でも食事は貧しいモノでしたし」


 二人とも切実だな。ルナに関しては同年代よりも少し体が小さいのは栄養不足ということもあるのかな。エレナについては、言ってしまえばやつれているだけなので、食事に困っていた期間は短いとも推測できる。それまで、まともな食事をとれなかったら気も滅入るだろう。まして、三人もいたわけだからその事情によっては大変だったろうな。


「少なくとも俺と一緒にいる間くらいは食事に困らないようにするから安心してくれ」

「それは本当か!?」

「食事面について嘘をついてどうするんだ。まあ、この王都までは若干寂しくなるかもしれないけど、それは勘弁してくれ」


 長期間の移動だ。冷蔵庫とか冷凍庫があればいいけど、そんな便利なものはない。冷やしたり、凍らせたりすること自体は魔法で簡単にできるが、それを入れておく容器の方がないのだ。こればかりはどうにもならないし、技術の進歩を待つしかない。


「それは仕方がないというか、こういう移動中に街中と同じ食事ができるとは端から思っていない。特に味がな」

「味付けに不備でもあったか?」


 エレナはいやそういうことじゃなくてと言ってから、一口食べてから口を再び開いた。


「そのな、私たちは塩をほとんど持っていなかったのだ。だから大変だったというのもある。魚は沢山とれても塩はないからな」

「塩か……それがないのは由々しき事だな。というか、それでよく何日も生きてこられたな」

「人間、案外何とかなるものだと学んだよ」


 俺は絶対に御免蒙りたいな。味気ない食事は本当に心身によくない。


「塩は沢山持ってきているから、少なくとも味に関しては保障する」

「染み入るな」


 やっぱり重いぞ、この女。マジでここに来る前に何をしていたのやら。


「王都に行ったら美味しいもの沢山食べましょうね!」

「むっ……そうだな。だが私は金を持っていないぞ?」

「それくらいは出すから。冒険者としてのアドバイスくらいはすると言っただろう。それなのに、飯を食えなかったからまともに戦うことが出来ませんなんてことになったら、教えるどころの騒ぎじゃないからな」


 ルナにも似たような遠慮をされた記憶があるな。思考が近いのかな。いや、知らんけど。


「また借金が増えてしまうな……」

「ご主人様、もしかしてエレナさんを借金漬けにしてよくないことしようとしているんじゃないですか?」

「なぜそうなる!」


 まったく心外だな。俺のことをとんだ人でなしとでも思っているのか。さすがに、こんな戯言、エレナは信じていないだろう。


「そうか、やはり貴様は私のこと、そういう目で見ていたのだな」

「えっとエレナさん……?」


 やばいちゃんと信じているんだけど。この責任は取ってもらうからな!


「そんなわけないだろう。第一、ルナが言っているだけのことだぞ」

「だがお前は変態なのだろう? ルナがそう言っていたぞ」

「ルナ!?」


 マジか。信じちゃっているよ。どうしよう、誤解でしかないんだけど。


 俺、自分の奴隷に冤罪を吹っ掛けられました。こんなことあっていいんでしょうか。人間不信ならぬ、奴隷不信になりそうです。って違う。そんな余計なことどうでもいいんだ、今はエレナの対処だ。


「ルナ、お前何を吹き込んだんだ!」

「えっと……、純粋だったのかもしれませんね。(∀`*ゞ)テヘッ」


 なぜか顔文字が見えたし、確実にごまかそうとしているけど、アウト!


「借金漬けにするつもりなら早く言ってくれ。私にも心の準備があるのでな」

「何を言い始めているんだ!?」


 マズい、どんどんわけの分からない状況になっている。どう収拾すればいいのか分からなくなってきている。


「いいかエレナ、ルナが吹き込んだ俺のことは基本的に十倍くらいは誇張されている。それから借金漬けにするつもりなんてない。もし本当にそんなことしようとしているのなら、夜中に小さい文字でたくさん書かれた契約書にサインさせる」

「そんな具体的な手口が思い浮かぶなんてやはりそうなんじゃないか」


 ああ、神様もうダメです。俺はここで社会的に死ぬことになるかもしれません。確かにくっ殺展開も悪くはありませんが、あれは創作の中であったり、遊びでやるから楽しいものでそんな変なこと現実にしても楽しくはないのです。どうか、心が清い俺に救いを下さい。


「あのー、エレナさんゴメンなさい、ご主人様が変態さんなのは明確な事実ですけど、借金漬けにして何かするということは本当にないと思いますよ。もしそんなことするのなら私の立場で軽口は言えないですから」


 おお、救いはルナの手によってもたらされるのか。いや待て、今回の元凶はルナだからな。騙されてはいかん。それに変態なのは明確とか言っているからな。お仕置きはきちんと今晩にでもしよう。せっかくだから奴隷紋の実験をしよう。発動の必要性が今までなかったから教えてもらってから何もしていかなかったけど、今回ばかりは許してくれよ。


「そうなのか……」

「そうだよ。俺がエレナのことを借金漬けにしてどうにかしようなんて一ミリも考えていないから安心してくれ」


 若干冷静さを取り戻したみたいだ。これで一安心というところかな。


「ルナもエレナに変なことを吹き込むなよ。今回はまだ収拾がついたからよかったけど、そうじゃない時だってあるかもしれないんだから」

「反省してます……」


 きちんと反省してくれているようだ。まったくなんて日だ。


「エレナもエレナだ。お前、騙されやすいんじゃないか?」

「仕方ないじゃないか!!」


 エレナはどうやらすぐに人の言葉を信じてしまうのかもしれない。これは簡単に騙されて歓楽街行きとか、割とリアルにあり得るから、そこら辺のこともきちんと教えないと危なっかしいな。


「翔太、ルナは本当に奴隷なのか?」

「俺が買ったのも事実だし、身分上においても奴隷なのは間違いない。首輪だって着いているだろう?」

「さっきまでの言動を冷静に考えてみても、とてもそのようには見えないんだが……。あの首輪もファッションで着けていると言われた方がよほど納得がいくのだが」


 首輪がファッションってそんなことするような奴はいな……いや、いるな。それも首輪を着けている当人がそうだ。もし外そうとしてもこれは外しませんとか言ってきそうだな。


「エレナ、奴隷って何だろうな」

「私に聞かないでくれ」


 エレナも呆れている。確かに俺の奴隷に対しての取り扱いはこの世界の常識とはかけ離れているのだろうが、それでもルナがここまではっちゃけるとは思ってもいなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る