五章「迷宮での冒険」

二人が打ち解けているようです

 あれからルナはエレナに様々なことを聞いているようだ。エレナの表情も柔らかいからきっと楽しくやっているのだろう。俺は御者台にいて、ほとんど荷台の様子を見られないのだが、それが残念でならない。次の交代までひたすらに耐え忍ぶしかないな。


「エレナは御者できるのか?」

「できるとも。交代でもしてほしいのか?」

「いや俺とルナで交代しながらここまで来ていたから、エレナも出来たらより楽になるなと思っただけさ」

「そうか。なら次は私がやろう」


 何だか気を使わせてしまったみたいで申し訳ないな。やる順番が変わっただけで、回数は変わらないのだからそこまで気にすることではないのかもしれないが。


「なんだか頼んでしまったみたいで悪いな」

「気にしなくていい。私も何かやらないとも申し訳なさが勝ってしまうからな」


 エレナはエレナで何かできることはないかと探していたのだろう。手伝ってもらうと言ったからな。連れて行っているというよりは一緒に旅をする仲間とした方がよっぽど変な気を使わなくてもよさそうだな。


「そっか。せっかく一緒にいるんだからエレナも遠慮しないで色々なことを言ってくれよ。できる限りは何とかしたいから」

「お前もルナも本当に優しさに満ち溢れているな」


 昨日の夜にも言ってもらったな。そこまで感じることに疑問を抱くのは俺がおかしいのかな。そんなこともないとは思うから、きっとエレナの育ち方に関係しているんだろう。


「私は分からないですけど、ご主人様は慈愛の塊みたいな方だと思いますよ」

「ルナは俺のこと、そんな風に思ってくれていたのか。すごく嬉しいな」

「でも変態です」


 最後に絶対に付け足したよね。その情報はいるか!?


「そうか翔太は変態だったのか。覚えておこう。私も変なことされるかもしれないから警戒しておかねばな」

「エレナまで何を言っているんだ……」

「変態呼ばわりされている者にはすべからく注意すべきだからな。そうしなければ私にも何かよからぬことをされるかもしれん」


 ルナはそうですよねと言っている。見えはしないけど、大きくう頷いていたり、エレナの手を握って大いに共感しているに違いない。そんなルナの姿がありありと浮かんでくる。なんだかすごく複雑な気分だな。奴隷にけなされているご主人様もなかなか少ないだろうな。


「ルナは俺のことを陥れたいのか?」

「陥れたいということは流石にないですけど、ご主人様のことをゆするネタは一つくらい欲しいなとは常に思っています」


 爆弾発言だな。ルナは俺のことをどうしたいのかな。まさか本当に社会的に抹殺しようとしている? でもそんなことしたらルナも道ずれになりかねないんだけど……。


「一応聞いておくけど、それはどうして?」

「面白そうですし、何回かは私の言うことを何でも聞いてくれそうだからですよ」

「碌でもない理由だな」

「お褒めに預かり光栄です」


 絶対に褒めていることはないと思うのだが、ルナの耳と感性はどうなっているのだろうか。もう意味が分からない。


「エレナ、ルナを止めてくれ」

「私としては聞いていて面白かったのだが……」

「俺のメンタル的な何かが削られていくんだよ」


 なら、仕方がないなとエレナは言ってルナの暴走を止めてくれた。


「翔太よ。お前はかなりアクのある仲間を持っているようだな」

「おかげさまでな。最初にあったときはここまで個性派ではなかったんだけど、いつからか弾け飛ぶようになったんだ。意味が分からないよな」

「確かに意味が分からないが、二人の関係がとても良いということは分かった」

「そう言ってくれるのは嬉しい限りだね」


 傍から見ても、二人の仲がよさそうに見えるということは良いな。心が和むし、雰囲気も良くなって道中を楽しく過ごせそうだ。何より、エレナが俺に向ける言葉が幾分か柔らかくなっている。言っている内容自体は変わるものではないけど、一晩寝て心も落ち着いたからかな。印象がそれだけでかなり違ってくるしな。


「ご主人様との関係が良さそうだって言ってくれましたよ。なんだか照れてしまいますね。エレナさんありがとうございます。とっても嬉しいです」

「いや私の方こそ礼を言いたい。ルナと話していて久しぶりに笑うことが出来た気がするんだ。ここしばらくはそういう状況ではなかったからな」

「それなら、もっとお話ししましょう。私もエレナさんと一緒にいるの楽しいです。それに同性の方と長い時間一緒にいるのは随分と久しぶりですから、なんだか新鮮です」


 そうか、ルナは奴隷になってから女性と話すことはほとんどなかったわけか。俺と一緒にいる間も他の女と関わることはなかったし、こういうのも久しぶりなわけか。なら俺が秘密の花園の会話に入るのは邪魔だな。二人の空間を楽しんでもらうことにしよう。俺は後ろから聞こえてくるそのキャッキャとした声だけで十分多幸感に包まれることが出来るからな。


 暫くは景色でも見ながらゆっくりと一人の時間を謳歌しようではないか。王都まではまだ何日もかかるし、その間にルナとエレナがお互いのことを深く知り会えたら一緒に戦う仲間としても信頼関係を構築できているという点で、連携をしやすくなるから、大きな戦いを経たとは言っても、まだまだ新人のルナと、戦うこと自体はできそうだけど冒険者としては雛でしかないエレナの二人にとっては様々な安心材料を与えるという点で良いことだろう。


 視線を少し下げて馬を見てみると、歩様が実にゆっくりだ。こんなにも重い荷台を引いて人を三人も載せて平気なんだから馬という生き物はすごい力持ちだな。


「結局、お前の名前もまだ決めていないな」


 馬がブルルと少し鳴いた。何というか、気にするなよと言っているようにも聞こえてくるから不思議だ。ルナとエレナが仲良くしている間、俺のことを構ってくれるのは君だけだよ。何か強そうで、でも優しい名前にしてあげたい。これは沼だな。俺には子供とかいなかったけど、親が子供の名前を限られた期間で付けているというのは、実はかなりすごいことかもしれない。少なくとも、俺にはその一生ついて回るふさわしい名前を決めるなんて行為は出来ないだろうな。もちろん、一人で決めるなんてことはないだろうけど。


 どこかに天然温泉とかないかな。それにでも浸かることが出来たらリラックスできるし、旅としても良いのが出来そうだ。夢は広がるばかりで、この想像に終着点などないね。


「ご主人様、そろそろお昼時では?」

「もう、そんな時間だったのか。気が付かなかったよ。ならあそこに少し開けた場所があるしそこで休憩して御者をエレナと交代しようか」

「承知した。後ろから見ているだけだったが、その馬は扱いやすそうだな」


 エレナもこの馬の凄さに気が付いたらしい。もう俺、どや顔しちゃうよ。前向いていたら見られることがないもんね。


「そうだろうそうだろう」

「ご主人様、気持ち悪くなりかけてます。何かお好みの魔法を放って差し上げますが?」

「勘弁してくれよ。それにそんなことしたらルナもただじゃすまないからな」


 ムウっと頬を膨らませた。さすがに奴隷紋が発動するのは嫌らしい。だがその膨れた姿も何度見ても飽きるものではない。






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