とりあえず一緒に行くことになりました


「まだ寝るのはちょっとできなさそうだ。何というか、まだ目が冴えてしまっているんだ」

「なら眠くなった時に寝たらいいよ」

「お前は優しいのだな」


 普通にしているだけなのにどこが優しいというのだろう。でもこんな金髪の美女に言われて悪い気はしない。


「なあ、もう少しだけ話をしないか」

「大丈夫だよ。場所はここでいいのか?」


 俺たちがいるのは飯を食べた場所で火を使っていた。さすがにこの時間なので消してしまっているが、確かに座る場所はあるから話をするのには向いている。


「ここで話すと問題でもあるのか?」

「いやないな」

「だったらここでいいだろう」


 逆に聞き返されてしまったが、どうやら場所を変える必要はなさそうなので飲み物を準備する。火を消してあるとは言っても、魔法ですぐに着けることが出来るので、薬缶にですぐにお湯を沸かしてお茶を入れた。その様子をエレナは静かに見ていた。


「お茶だ。飲みたければここにたくさん入っているから」


 エレナは両手でそっとカップを受けとり、啜った。


「美味いな。食事もだが身体に染みわたるよ」

「それはよかった」


 好評のようだ。俺も一口飲んでみると、確かに美味い。これは俺が入れた中でもよく入れられている方だと思う。


「獣人の……」

「ルナだ」

「そうだ、ルナはどうしたんだ?」


 ルナは洗濯物を干したら寝てしまった。彼女は何もなければ寝るのが早い。


「もう寝たみたいだよ。何か用があるなら明日にしてくれると助かるな」

「いた礼を言いたかったんだよ。私の服を洗ってくれたからな」

「そういうのは明日言ってあげてくれ。でも俺に話したいことなんてそれではないんだろう?」


 この程度のことなら立ち話で十分だからな。これではない何かががあるに違いない。


「その通りだ。さっき私は迷っていると言ったのは覚えているか?」

「もちろんだ」

「今の私は仲間も失い、財産も失い、あるのは身体と身に着けていたものくらいだ。一人では正直何をするにしても生きていくのは無理だ。金もないから野垂れ死にするのが関の山だ」


 まあ、そうだろうな。一人しかいなくてボロボロの装備を身に着けている。しかもそれは弱った女だ。いくらここが街道で歩いて行けば街に到達するとは言っても、そもそもたどり着けない可能性の方が高いだろう。この世界は残念ながらそこまで甘くはない。


「それに私は強さを求めている。圧倒的な強さだ。何人も寄せ付けない力が欲しい。だが、それは今のままだったら夢物語であることも分かっている。正直、お前は強い。戦う姿を見ていたらすぐに分かった。あれは常人ではなのだとな」

「俺だって弱いよ。だからもっと強くなりたい」

「あれほどまでに力があるのにか?」


 普通の人から見ればある程度強いものはあるのかもしれないが、それではダメだ。


「逆だよ。あの程度でしかないんだ。俺は強い力の前には無力にならざるを得ないんだよ。だから絶望的な状況になっても打開できるだけの力が欲しいと思っている」

「その考えに至れるのはすごいな」


 そんなに特殊なことなのかな。俺は少なくとも自分の力に酔うことなど到底出来ない。


「色々あったからな。でもそこまで珍しいということはないんじゃないか?」

「私の身近には強くはあったが、その力に酔いしれて、傲慢になりそして胡坐をかいている者がいたからな。そのイメージがあるから少し驚いてしまった」


 それはかなり特殊な事例だろう。俺にもきっとそういう時期はあったのかもしれないけど、もうそのような考えになることは出来ない。


「そんなイメージがあるのに、それでも圧倒的な力を求めるというのか?」

「そうだ。私には成し遂げなくてはならない願いがある。それを叶えるためには圧倒的な力が必要だ。そして私はあの人のようにはなってはいけないとも思っているよ」

「その気持ちがあれば力を得ても、きっと傲慢になることはないと思うよ」


 エレナは下を向いて、そうだなとどこか切なく笑った。なぜ切なく笑ったのだろうかと考えると、やはり複雑な事情があるのだろう。でもそれに安易に立ち入ることはできないし、しないほうがいいと感じる。ちょっと話題を変えてみよう。


「そういえばエレナはどこに行こうとしていたんだ?」

「なるべく遠くの都市に行こうとしていた。その意味では王都はぴったりだとも言えるな」


 遠くに行きたいとはやはりエレナは厄介ごとを抱えている。良家のお嬢様だろうということはところどころの所作から明確に感じる。そんな人が抱えている厄介ごとなんてどう考えてもとんでもないものに違いない。


「そうか。それでこれからはどうしようと思っているのか聞いてもいいか?」

「そうだな。このまま王都に向かってもいいと思っている。そこで頼みがある」

「頼み?」


 両手で強くカップを持っている。何を言うつもりなのか、大方想像できるけど、しっかりと聞こう。


「私も王都まで一緒について行っても構わないだろうか」


 エレナは思い切り頭を下げてお願いをしてきた。俺の想像は当たっていたようだ。


「今は何も持っていないが必ず金は払うと約束する。何だってするから連れて行ってくれないか」


 何でもするって、それは本当によくない発言だな。


「何でもするって、本当に何されてもいいのか?」

「あ……それは困る」

「だったら何でもするとかは安易にいうものじゃない。もっと自分を大切にしてくれ。そしてそのうえでもう一度聞かせてくれ」


 エレナはしゅんとしてしまった。


「優しいのだな」

「そうでもないさ」


 金髪美女にそんなこと言われて悪い気などしない。しかし俺は優しくなどないだろう。本当に優しかったらもっと別の道を歩んでいたはずだ。


「それで私を一緒に連れていってくれないか。報酬は必ず払う。冒険者になって稼ごうと思っているが、稼げるのか?」


 俺が答えを返す前に色々言い始めたな。でも冒険者のことについてはアドバイスはしよう。


「俺も冒険者だから少しアドバイスしておくと、一人はやめたほうがいい。普通はパーティーを組んで依頼をこなしていくんだ。俺のことを強いと言っているようでは、一人でやっていくことはお勧めしない。一人だと依頼をこなす数が複数人いるパーティーよりも必然的に少ないから冒険者ランクも上げにくい」

「私は事情があるから一人のほうがいいのだが……」


 それを言ってしまうのか。厄介ごとを抱えていることが確定してしまうではないか。


「一人に固執しないほうが無難だ」


 俺もずっと一人だったが、そのスタイルでの活動に限界が生じ始めていたからルナを買ったという事情もある。ルナとはまだ数えるほどしか一緒に依頼をこなしていないが、それでもその速さに驚いたものだ。だから一人よりも二人、二人よりも三人の方がいいに決まっているのだ。


「そんなものか……」

「稼ぎたいというのならそのほうがいいだろうな。それでも冒険者になろうというのか?」

「私にはそれしかないからな」


 覚悟が決まってしまっているな。なら俺もあまり変なことは言っていられないじゃないか。


「王都までは一緒に来てもらって構わない」

「いいのか!?」

「ここで連れて行かないと言ったエレナがそこら辺で死んでしまう可能性が高いからな。それはさすがに夢見が悪くてかなわん」

「感謝する!」


 もう一度頭を勢いよく下げた。勢いが良すぎて何かにぶつけてしまわないか不安だな。


「ただし、一緒に行く以上、手伝いくらいはしてもうからな」

「それはもちろんだ。私にできる範囲のことなら協力しよう」


 さっき言ったから少し言いまわしを変えてきたな。エレナも王都までは一緒に旅をすること、ルナにはきちんと言わないとな。


「短い間だろうが、よろしく頼む」

「明日、ルナにはエレナの方からもきちんと言ってあげてくれよ」

「もちろんだ。彼女を無下に扱うことはないようにする」


 あれ、もしかしてルナの身分が奴隷であることに気が付いていたのかな。いや、首輪がついているのだから当然と言えば当然か。


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