萌え袖な服を着てもらうことにしました

 野営の準備を進めていても、言葉を交わすことが出来ない。いや、事務的なあれを手伝ってくれとか、そういった会話はするのだが、それ以外には何もない。分かってはいたけど、気まずいな。


「何か嫌いなものはあるか?」

「ない」


 食事は命の源だから、気分が沈んでいるときに食べたくもないものを食べるのは精神的に尚更参ってしまうだろうと思って聞いたが、その心配はないらしい。でも会話がとにかく続かない。


「ご主人様、あの方大丈夫なのでしょうか」

「分からない。名前くらいはせめて知っておきたいけど。自分から話してくれることはなさそうだよな。同性のルナなら話やすいかもしれないから出来るだけ頼むな」

「はい……ですが私が話をしようとしてもご主人様と変わらない反応で……」


 ルナに対しても俺と同じ態度なら、ちょっと難しいかもしれないな。最初期のルナと比較してみると、かなりガードが堅い印象だ。だからと言ってどうということもないけど。


「ほら食事できたぞ。少しは食べてくれよ」

「恩に着る」


 料理を盛った器は受け取ってくれた。やはり食べる意思はあるようだ。しかし表情は相変わらず暗いままだ。


「なあ、せめて名前くらいは教えてくれないか。このままだと不便でしょうがない」

「ああ、名前もまだ言っていなかったのか。私は……、エレナだ」


 少し間があった気がしたが名乗りたくない何かあったのかな。


「そうかよろしくなエレナ。俺は森野翔太だ。森野が性で翔太が名前だ。それでこっちがルナだ」

「よろしくお願いします」


 ルナは頭を軽く下げた。


「それでエレナ、今日は一緒にいることにはなったけど明日以降はどうするんだ?」

「……分からない」


 今、聞くのは酷だったかな。でも明日の朝になって聞くようなことでもないし仕方がない。


「そうか、別に落ち着いてからでいいから教えてくれ」

「お前たちはどこに向かっているのだ?」

「王都だ」


 エレナは王都かと小さな声で呟いていた。王都に何か因縁でもあるのだろうか。出自がいいところなのは食事の際の所作や身に着けているものからしても間違いないだろう。そんなお嬢様のような人物が少数で移動していたのだ。何もないと考える方が不自然だ。あれ、俺はもしかしてかなりの厄介ごとに巻き込まれる可能性があるのか……?


「どうしたんですかご主人様?」

「いや今後のことを考えていたら少しな」

「私は早く王都に行きたいですね。温泉に浸かって美味しいもの沢山食べるんです」


 ぶれないなルナは。その元気さにはこっちも影響されて気が満ちてくるようだ。


「エレナ、良かったらお代わりもあるからどうだ?」

「いいのか?」

「もちろんだ。少し多めに作ったからな」

「助かる。ここのところあまり食事も満足に取れていなかったのでな……」


 所作こそ優雅だが、盛られた料理は早いペースで消えていく。満足に食事ができていなかったということを言われてエレナを見てみると、確かになんだかやつれているようにも見える。ご飯をしっかりと食べて、栄養を補給して元気を出してくれると嬉しいな。それにしてもルナのようにあからさまに嬉しそうに食べてはいなけど、エレナも嬉しそうに食べているんだな。こっちまで嬉しくなってくるよ。


 そうは言ってもどこかぎこちなくて固い表情のままなのはどうにかならないものかな。せめて食事時くらいは笑顔を見せてくれるといいんだけど。


「美味しかった。感謝する」


 器を置いてどこかに行ってしまった。


「そういえばエレナさんはあのまま寝るんでしょうか」

「言われてみれば、代わりの服とか持っていなさそうだしな。もう鎧も脱いではいるけどあのままかな。身体が結構大きくてサイズが合うかは分からないけど、ルナの寝間着を一着貸してやってくれるか?」

「構いませんが……入らなさそうな気がするのはどうしてでしょうか」


 ルナの目からハイライトが消えている。こんなところで怖いなヤンデレ化するのかよ。


「とは言え、着替え位はした方が衛生的にもいいからな。洗濯をするにしてもこの一晩くらいは違う服にする必要はある」

「確かにそうですが、エレナさんの身長、ご主人様より少し小さいくらいだと思うので、ご主人様の服を貸した方が着やすいと思います」

「盲点だった」


 まったく気が付かなかった。確かに身長はルナより俺の方が近いのだから俺のシャツを着せておいて洗えば、この季節だし明日の朝には乾いているだろう。


「気が付いていなかったんですか」


 ルナは呆れているが、俺だって人間だからそのくらいのことはある。


「誰にだって見落としはある。だって人間だもの」

「ちょっと何を言っているか分かりません」


 エレナに俺の服を着てもらうのか。なんか、彼氏シャツみたいでいいシチュエーションだな。夢に溢れすぎている。ルナの場合は慎重さがありすぎてちょっとダメだが。10センチも変わらないから、いい感じの萌え袖になってくれそうだ。


「あとはエレナがどこに行ったかだな。魔法は反応していないから、防御の外には行っていないはずだけど」

「探しますか?」

「いや万が一ルナが防御魔法圏内を超えたら危ないから一人で行くよ。片付けしておいてくれると助かる」


 ルナに食器と鍋の片付けを頼んでエレナの捜索に当たる。捜索とはいってもそこまで大げさなものではなくて、周囲を歩いて探すだけだ。武器も鎧もないわけだから遠くには行っていないだろう。せいぜい、夜風を浴びに行く程度のものだと思っている。


「まだまだ始まったばかりだというのに、あまり落ち着いた旅にはならなさそうだな」


 単調であるよりはにぎやかな方が退屈はしないからいいと言えばいいのかもしれないけど。


「エレナは……あっちにいそうだな」


 周囲を見渡すと、一方には川が、もい一方には森が広がっている。川辺を見渡してみても人影はなかったので、森にいると考えるのが自然だ。森の中は月明かりだけなので非常に暗い。懐中電灯のような便利なものはないので、光系の魔法で照らしてみると、エレナは正面の大きな木に寄りかかってうずくまっていた。


「血もついているし服、洗ったほうがいいだろう。明日までには乾くと思うけど、それまではこれを着てくれ。俺ので申し訳ないが大きさ的にルナのは難しくてな」

「……服か。考えていなかった。でもそうだな。厚意に甘えることにする」

「この桶に入れてくれ。ルナに洗うように言っておくから」

「分かった。せっかくだから川で身体を洗ってからにしよう。服だけ綺麗にしてもダメだからな」


 桶を置いて後ろを向こうとしたが、ここで着替えることはないようだ。早とちりしたみたいで恥ずかしい。


「お前たちは優しいのだな」

「優しいかは分からないけど、そう思ってくれているなら嬉しい限りだな。隣いいか」

「構わない」


 これで少し会話ができるかもしれない。

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