誰かが襲われているようです

 朝起きたら、最近ご無沙汰になっていた素振りをする。それを見ていたルナも予備でおいてある木刀を手にとって素振りを始める。始めたばかりでかなりぎこちないけど、やっていくうちに様になっていくだろう。変な癖がつかないようにだけしておけばいいか。


 そのまま、何百回と一心不乱に素振りをする。千里の道も一歩からの精神でこういう積み重ねがきっとどこかで役に立つと思ったりしている。俺が振っているのは普通の剣だから重さは木刀とは比較にならない。筋トレにもなるし一石二鳥だ。筋力も運動と同じで、やっていくごとにある程度までは強くなっていくに違いない。


「っふう……終わり」


 俺が素振りを止めるとルナもその手を止める。別に自分のペースでやればいいのに。


「素振りも結構疲れるんですね」

「だろ。いい汗を朝からかけるよな。最近はあまりやっていなかったけど、復活させようと思って」

「いいと思います。私も少しは剣を扱えるようになっておきたいので、ご主人様と一緒に毎朝しようと思います」


 やっぱりルナはこれからも一緒にするつもりなんだ。なんて健気な。


「無理だけはするなよ。それと変な癖をつけないようにしないとな」

「ですね。だからご主人様、教えて下さい」


 教えてくださいって言われてもな、俺も居合いとか剣道みたいな武道をしていたわけではないし、我流だ。癖があるかどうか位はなんとなく分かるけど、手本にされては困る。


「癖だけは教えるけど、俺のは我流だから真似はしないようにな」

「我流だったんですか?」

「我流以外の何ものでもないよ。俺は別に幼少期の頃から鍛えているわけじゃないんだ」


 ルナはえっー、と目を細めている。若干、困惑させてしまったかもしれないな。こればかりは仕方ないけど! いや、まったく気にはしていないけど。


「でも鍛えている割にはすごいと思います」

「フォローありがとう。さ、朝ご飯を食べようか」


 朝ご飯の準備をする。ルナは木刀を置いて汗を拭っていた。所作が可愛らしいことこの上ない。汗をご褒美とかのたまう変態もこの世には存在するらしいが、俺にそれは理解できないな。残念ながら、俺はそこまで極まった変態ではないのだ。……大概である自覚はあるけど。


 ただ巫女装束で剣を振り回すのはどうなんだろうか。実質的には俺が着せたものだけど、動きにくかったりしないのかな。ジャージみたいな服とかがあればいいのだけど、あのような伸縮性抜群の科学繊維でできている服はこの世界には存在しないんだろうなあ……。


「朝から運動をすると、ご飯も美味しく感じますね」

「空腹は最高のスパイスというからな。それに、身体を動かすことで眠気が吹き飛ぶわけだから効果抜群だな」


 ルナは笑顔でご飯を食べている。尻尾も揺れていることが確認できる。マジで感情が割と素直に表れる尻尾助かりますな。


 食べ終わったら片付けをして出発する。今日も天気はいいし、のどかな一日になりそうだ。


「聞いていなかったけどよく眠れたか?」

「よく眠れましたけど、ちょっと不満ではあります」

「どうして?」


 何か寝床が悪いとか温度がどうとか不備でもあったのかな。


「だってご主人様、何もしてくれないじゃないですか!」

「おい!」


 欲望を満たせないことからくる不満だった。


「できるわけないだろう。二人じゃなくて、もう少し人数がいたらできるのかもしれないけど、そもそもこんな道の近くでやることでもない!」

「でも普通の奴隷はよくどこかにつながれていたりしますよ?」


 コイツ……そういうことを言うのか。


「何かあった時のリスク軽減を取るのは当たり前だ。よそはよそうちはうちだ。それに普通の奴隷は逃げられるかもしれないからつないでおくんでだろう? ルナはそこまでして逃げたいのか?」

「そんな意地悪言わないでください。私がつないでほしいのは……その逃げたくて言っているわけじゃないですから」


 耳と顔が真っ赤になっているのがひょいと出しているだけでも分かるぞ。少しからかったけど、いいもの見られたな。馬は呆れたように嘶いた。コイツ、本当に人の言葉を理解して感情でもあるんじゃないか。


「俺も欲求は溜まるから抑え込めというのは難しいかもしれないけど、安全性が担保される場所で寝泊まりするときにしっかり解き放とう。そこまでは我慢だ」

「仕方ないですけど、大変不満ですね。どうにかならないのでしょうか……」

「空間魔法のかかった馬車を探すしかないな。色々な観点で王都に行ったら探そうと思っていたけど、真剣に探すことにしようか」


 馬車をいずれの手段であれ、更新するのは早そうだな。この馬車高かったし、乗り心地いいから空間魔法を付与できる人を探すのをメインでやってみるか。


「なんとしてもその馬車にして、二人で仲良く色々しましょう。私はもう隠しません」

「その宣言はいらないから。せめて口に出すのは躊躇ってくれ」

「ならほどほどにします」


 一体、どこで道を誤ったのだろう。ここまでの変態属性を開花させてしまったのは俺なのか、それとも奴隷商なのか。奴隷商に理由があるとしたら、文句の一つでも言ってやりたい。


「清楚なのは見掛け倒しというわけか」

「見掛け倒しではなくてきちんと清楚ですよ」


 どや顔をしてくれているが、それは果たして本当か。


「ルナは清楚の意味を一度辞書で調べ見ることだな」

「とっても可愛い、経験のない女子ですよね」


 何をどうしたらその解釈になるんだ。というか、その意味ならルナの自己肯定感高くねえか!? 驚きの高さでしかないんだが。


「やっぱりしっかり調べるんだ……。それとその自己肯定感の高さ、羨ましい限りだよ」

「私にも誇れるところあったみたいですね」


 顔に相当な自身があるんだろうな。ナルシスト属性まで加わるというのか。これ以上、属性を増やすんじゃない。俺の中にあるルナのキャラ像が迷子になってきているんだけど。


「そりゃよかったな」

「ご主人様の顔だってすごくいいですよ」

「お世辞だったとても嬉しいこと言ってくれるじゃないか」

「お世辞じゃないですよ。だって私の主人様なんですから」


 そう言われると悪い気はしないな。ということでルナのことも少し褒めてみると、尻尾が躍動感あふれる動きになった。声は何とか耐えているけど、残念ながら表情は隠せていない。そして口も悪くなったからこれは、照れ隠しだな。


 そんな卑猥ともそうとも言えない会話をしばらく続けていた。これは他の人には見られなくて、大変に幸運だったと言わざるを得ない。


「ご主人様、あれはなんでしょうか」

「どれだ?」

「あれです」


 ルナの指さす方を見てみると、あまりよく見えない。ルナの目でも明了に視認できないのに俺が見られるはずもない。


「もう少し近づいてからじゃないと分からないな。一応急ごう」


 馬の速度を上げてルナが何か見た方向を注視していると、俺にもようやく見えてきた。


「魔物がいるのか」

「それだけじゃないです。多分、ですけど人がいます。それも襲われているように見えます」

「……それは急ごう!」


 誰か襲われているというのなら助けない理由はない。馬を急がせると、襲われている中、必死に戦おうとしている姿が見えてきた。傷だらけだし明らかにダメじゃないか。


「行くぞ、ルナ!」

「はい!」


 馬車がある程度の位置に来たところで止め、襲われている魔物に近づいていく。


「大丈夫か!?」


 声をかけると鎧を着こんだ人物がこちらを向いた。


「助けてくれ! もうもたないんだ」


 襲われているのは女だった。いやそんなことはどうだっていいんだ。早く魔物を何とかしないと倒れてしまいそうだ。


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