本を買ってみました

「一応言っておくけど、今日それで遊ぶことはないからな」

「えぇっ……」

「そんな不満そうな顔をしないの。いくらいい道具がたくさん手に入ったからと言っても限度ってものもあるからな!」


 そこまで露骨に嫌そうにしなくてもいいじゃないか。本当なら今日はもう少し遊んでおこうと思っていたけど、想定以上に遅くなっていた。もう一軒どこかに行って終わりだな。で、最後宿屋に戻る前に武器屋に行って回収をするんだな。それなら宿屋からも近くにある本屋にでも行ってみるか。魔法のことについても何か書いてある本があるかもしれないし。


「本屋に行こう。ルナの役に立つ本があるかもしれないぞ」

「面白そうですね。でも魔法の本なんてそんな簡単に売っているんでしょうか……」


 確かにそういわれればそうかもしれない。でもこの世界、魔力自体は誰でも持っているし簡単な本くらいなら比較的流通しているのはないか。


「行ってみないと分からないな。まあ、さすがに超危険な魔法が掲載された本があることはないだろうけど」

「そんな恐ろしいものが市中に出回っている方が怖いですよ。絶対に禁書みたいな扱い受けてそうですよね。そんな危険な本は」

「禁書か……見てみたくもあり、見たくなさもあるな」


 禁書という名前に惹かれるな。地球でも昔は結構あったらしいしな。あ、ということは禁書ってやつは国以外にも宗教も絡んでいる可能性があるのか。それは絶対に面倒なことになるから遠慮だな。


「怖いこと言わないでくださいよ。でもちょっと興味を惹かれるのは同意しますが」

「ルナだって俺と似たようなもんじゃないか」


 人間、誰しも禁止と言われたことについては逆に興味をそそられてしまうのかもしれないな。


「とは言え、本屋で見つかるのはせいぜい簡単な魔法とか、ちょっとした攻撃魔法くらいじゃないかな。それに本は魔法のだけじゃないだろう。物語とか色々あるだろう。それらも面白うそうなら買って帰ろう」

「物語、ですか。たくさんありそうですね」


 この世界はゲームとかもないし娯楽に困っている。今までは比較的休みなしでやってきていたから疲れてしまい、すぐに寝ていたけど、ルナと一緒に過ごしていくうえで、さすがに夜の遊び以外の娯楽がないと色々と大変だ。その点で本はいいかもしれない。まあ、官能的な本がないとも限らないけど……。


 というわけで本屋に来て中に入ると確かにたくさん本が置いてあった。いや本屋なのだから当たり前なのだけど、なんか俺が知っているような感じの本屋で驚いた。もちろん、ターミナル駅とかその近くにあるような大型書店ではないけど、品ぞろえ自体は豊富だ。識字率が高いことも影響しているのだろうか。この世界のアンバランスさはよくわからんな。でもそのおかげこんな店があるのだからありがたい世界だと思っておく方がいいか。


 ルナはというと、物珍しいのかあっちこちを見て回って目を輝かせている。もともと貧しい村の出身だからこういった店とも縁がなかったんだろうな。いったいどれだけ買うのか分からないな。さすがに地球よりは高いけど、それでも高価すぎることはないので抱えきれない位買おうとしてもお金自体に問題はないだろう。まったく、その意味では魔物の大群に足を向けて寝られないぞ。口に出したら絶対に不謹慎だって怒られそうだけど。心の中でそっと思うくらいなら許してほしい。きっとあの神様も許してくれる。


「案外あるんだな」


 魔法の本が置いてあるコーナーに行ってみると、想像の何倍もあった。生活魔法とかいう便利そうなのもあるな。魔法の練習に関する本はないのかな。棚を一通り見てみると、それは一種類しかないようだ。とりあえず一冊買っていくことにする。何冊も置いてあったから、きっとベストセラーになっているいい本なのだろう。売れるのにはそれなりの理由があるだろうから少しは信頼はできるだろう。後は物語の本でも何冊か買っていこう。


「結構重いな」


 何冊も抱えて移動するが、ずっすりとしている。普段は文庫本がメインで買っていて、大判の本のサイズ感をいまいち把握していないけど、俺の知っているのよりも少し大きいかもしれない。考えてみれば、地球と同じ規格なわけがないから当たり前だな。


「何がいいんだろう。適当に買って行ってみるか」


 抱えていた何冊かの本を床において探す。本来ならよくないのかもしれないが、そうしないと探せない。心のなかで謝っておこう。


「これとこれ……それからこれも読んでみるか」


 旅の途中にも読めそうだなと感じた物語や、動植物の詳細が載っている図鑑のような本を買うことにした。案外収穫がある本屋だな。ルナはどうしているんだろうかと思い、会計をしていると、後ろでこける音がして、振り返るとルナがひっくり返っている。どういうことだ。


「大丈夫か!?」

「これを見て大丈夫に見えますか?」

「とりあえず身体の方は大丈夫そうで安心したよ」


 それだけ喋れていれば大きなケガはないだろう。でもひっくり返るなんて……あ、そりゃそうなるわな。

 なぜ、このような状況になっているのか疑問に思ったのも一瞬で、周囲に散乱している本の数を見れればこうなるのも必然だったことが伺える。


「何度かに分ければこうはならなかったんじゃないのか」

「申し訳ありません……」


 しゅんとしている。店主に謝りながら本を集めてそれも会計に持っていき購入する。ルナにケガがなくてよかったがもう少し落ち着きということも覚えて欲しい。なんだろう、やっぱり俺が買ったときのイメージとどんどんかけ離れて言いっているんだが。


「そこのお嬢ちゃん、本が好きでたくさん買いたいと思ってくれる気持ちは嬉しいけどね、丁寧に扱っておくれよ。そうしきゃ、本がかわいそうだ」

「はい……すみません」

「分かったのならいい。そうすれば本も喜んでくれるだろう」


 購入した本をしまっている間に店主はルナを諭していた。これ以上、俺が何かをいう必要もないだろう。


「あの、すみませんでした」

「反省したんだろう? だったら俺が何か言う必要もない」

「もっと怒られるかと思っていました」


 ルナはどこか居心地の悪さを感じてるようだ。店を出てからもなんか気落ちしているのとはまた違う感じだったが……。


「なぜ怒られないのか、あるいはなぜ殴られないのか、といったところかな」

「はい……」

「そんなことして反省してくれるのならいいけどさ、いや確かにそれらの行為をしても効果がないとまでは言わないけど、どうして悪かったのかっていうことをあまり考えないんじゃないかなって思うんだよ。だからそりゃ、怒ることくらいはあるだろうけど、手はあまり出したくない。例外はあるだろうけどな」


 何度もやるようなら考えないといけないが、それが重大なことでない限り、一度や二度の失敗で責め立てえるつもりなど毛頭ない。ルナ自身の頭で何がいけなかったのかをきちんと考えてくれればそれで問題ないのだ。例外はあるだろうけど。


「さて武器屋に行ってメンテナンスをしてもらっている武器を回収しに行こう。ルナの短剣もきれいになっていると思うから楽しみにしておくといい」


 血まみれになってしまっていたし、多少無茶な使い方をしてしまったから刃こぼれもした短剣だがあのおっさんに係れば綺麗になっていることだろう。俺のも同様だ。


「おっさん、武器を回収しに来たけどできているか?」

「おう、お前さんか。そんなもの昨日のうちに出来上がっているわい」

「すまないな。昨日は取りに行く時間がなかったんだよ」


 剣を手に取ってさやから抜き確認をする。刃こぼれもなくピカピカの状態になっている。相変わらず完ぺきな仕事ぶりだな。ありがたいかかぎりだ。ルナも短剣を確認しているが満足しているようである。


「問題ないみたいだ」

「当たり前だろう」


 このやりとりもこれで最後になるかもしれないな。


「おっさん、俺たち王都に行くことにしたからこの武器屋に来るのはこれが最後かもしれない」

「そうか、そうやってどこかに移っていく若人たちを数え切れないほど見てきたが、そのたびに言っていることがあるからそれをお前さんにも送ろう。

 死ぬなよ。そして名をはせてまたこの店に来い」

「約束しよう」


 おっさんは豪快に笑い送り出してくれた。




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