奴隷商に聞きに行きます

「ここに来るのは何だかすごく久しぶりな気がします」

「まだそんなに日は経っていないんだけど、この何日かが濃すぎたのかもしれないな」


 ギルドを出て奴隷商に来ているのだが、ルナは言葉こそ柔らかいものの表情や所作はどこか固い。売りさばくなんて非道なことしないけど、心のどこか奥深くでそう思ってしまっているのかな。そう思わせてしまっているのだとしたら、少し申し訳なく感じてしまう。


「私にとってはこの何年かで一番濃密な数日でした」

「そう思っているのは俺もだよ」


 俺にとっても、この世界に来てから、いやその前から考えても、ここまで色がついていた世界は久しぶりだったと思う。いつ以来か思いだすことはできない。俺の壊れかけて止まりそうだった時間をもう一度進めてくれそうなのだから。


 ……そんなエモいことを考えているというのに、今から奴隷商に聞こうとしていることは割と最低だな。この温度差で風邪をひきそうだよ。と、そんなことにため息をついても時間の無駄だ。

 奴隷商の扉を勢い良く開ける。重厚な扉だが開けるのに問題などあるはずもない。中は高級ということが分かる調度品が置かれている。しかしあの奴隷商の姿はない。


「いらっしゃいませ」


 代わりに若い男が出てきて俺のことを対応してくれるようだ。


「少し聞きたいことがあってきたんだ。この前来た時は初老の男性が対応してくれたが、今日はいないのか?」

「ああ、その男性とは会長のことでしょう。すぐに戻ると思いますが、お待ちになりますか?」


 やはりあの奴隷商はここの長だったのか。そんな人ならば奴隷紋についても当然、普通の従業員よりも深く把握しているに違いない。


「待とう」

「承知しました。ではこちらへどうぞ」


 別室に通される。この前とは違う部屋だが、フロアは同じだし近いとは思う。こういった部屋がたくさんあることからもこの奴隷商が大きいことが分かる。


「改めて見てみると、この奴隷商は大きいんだな。ここまでの規模だとなかなかないんじゃないのか」

「そうですね。当商会はこの街で一番大きいですし、王国内でも有数であると自負していますし、質も良いと様々なお客様から評価を頂いています」

「そうだったのか。この前来た時にはそういったことは知らなかったが、良質な店で買うことが出来たということか。俺はまったく運がいいな」

「恐縮です。ではお茶をお持ちします」


 若い男はすぐにお茶を持って俺の前にある机に置くと、部屋を出ていく。ルナには持ってこなかったが、王国内の奴隷の扱いとしてはこれが普通なのだろう。なんら驚くことでもないし、怒りを覚える必要性もない。……今はだが。


「さっきの男の言うことが本当なら、ルナも比較的運がいいのかもしれないな」

「私もあまり知りませんが、中には酷い奴隷商もあるとは聞いたことがあるので、その観点でいれば確かに幸運ということになるでしょうか。そもそも幸運ならば奴隷にはなりませんが……」

「まあそれはそうだな。あれ、ルナは座らないのか。しばらく待つだろうし座るといい」


 ルナはなんだか遠慮している。そう仕込まれているのだろうが、そんなこと関係ない。


「いいさ。ルナが疲れることの方が問題なんだから。それに大切にしているんだってことが暗に伝わって、変な誤解を招くこともなくなるだろうからな」

「そういうことなら……失礼しますね」


 ルナも隣に座る。どうしよう会話が続かないんだが。何か話のタネはないものか。


「お待たせしました」


 奴隷商、ナイスタイミングだ。


「いやさほど待っていない。それよりも俺の方こそわがままを言って悪かったな」

「いえ、指名していただくのは商人としてはありがたい限りです。それで本日はどのような用向きでお越しになられたのでしょうか。その様子だと、先日お買い上げいただいた奴隷の売却ということでもないのでしょう。なれば、奴隷の購入の検討でしょうか」


 流石によく見ている。俺の意図したことだがそれを一瞬で理解するなんてこちらが見透かされている気になるな。


「いや、奴隷の購入に関してはまだ考えていない。今日は聞きたいことがあってきたんだ」

「なるほど。奴隷の購入を頂けないのは残念ですが、聞きたいこととは何なのでしょうか」

「奴隷紋についてだ」

「ほう、奴隷紋ですか」


 なんだろう、何か含みのある言い方だな。


「何かおかしいことでも?」

「いえ、あまり奴隷紋についてお聞きになるお客様はいらっしゃらず、珍しく感じましたので」


 単に珍しかったらしい。確かに奴隷紋の発動に関しての威力調整を考える主人は稀有だろうからな。反発すれば無理やり従わせて、それで壊れたらまた補充をする。そんなことが可能な程度には命の値段が安い世界だからな。


「そうか。俺が聞きたいのは二つだ。奴隷紋の発動は任意に行うことはできるのかということ。それから奴隷紋の発動にあたって、その威力を任意に調整することはできるのかということだ。これらについて教えて欲しい」

「なるほど。確かに奴隷紋による懲罰は少々過分なところもありますからな」


 奴隷商もそう感じるくらいだからやはり威力は強いのだろう。この前のルナのを見ると、さすがに大げさすぎるだろう。


「結論から申し上げれば可能でございます。緻密な魔力操作が必要にはなってしまい、実行される方が少ないためあまり知られてはいませんが……」

「できるのか。それは朗報だな」


 これで遊びにも応用することが出来るぞ。でも緻密な魔力操作って俺、結構苦手なコトなんだけど。





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