奴隷が可愛いです

「温泉気持ちよかったな」

「身体ぽかぽかになりました」


 あれからしばらく浸かって温泉施設を出たら、すっかりと暗くなってしまったし、今日はもう宿に戻ろう。


「今日は休日を謳歌できたし、宿に戻って早く寝ようか。明日も旅支度のために買い物をしなくちゃいけないし」

「楽しかったですね。旅に出るのはいつくらいになるんですかね」

「馬車が出来上がるのを待つことになるし、物資だって必要になるだろうから、早くても数日後だな。状況によってはもう少し時間がかかるかも。あとは、明日ギルドで話してみてどうなるかも重要になってきそう」


 ギルドに表立って止められるということはないだろうけど、さすがにお願い位はされるだろうし、指名依頼のようなものだってあるかもしれないからな。正直、ギルドとは揉め事を起こしたくはないからな。穏便に済むことを祈ろう。


「ということはあと少しでこの街ともお別れなんですね」

「この街に思い入れがあるのか?」

「ほとんど外に出られなかったとはいえ、それなりに長い期間いた街ですし、なによりご主人様に出会った場所でもありますから」


 俺はこの街に来て数か月だし、そもそも異世界だし生きていくのに必死で思い入れを作る暇がなかった。もしかしたら、ここを出たら感じてくるのかもしれない。世話になっている人は結構いるわけだし。


「ルナはどれくらいここにいるんだ?」

「二年は超えていると思います。それだけたっても売れなかったので不良品とか言われていたんですよね」

「おお、それは、そうなんだ」


 最後の一言いるかね。そのおかげでルナを買うことが出来たんだからな。でも三割引きしてくれた理由はそれだろうな。何年も売れなくて不良在庫になりそうだった、いや多分なっていたんだろうけど、そんな奴隷を買いたいという客が現れたんだ。何が何でも売りさばこうとするだろうな。明日行く場所も一応言っておいた方がいいかな。心の準備くらいは必要かもしれないし。


「そうだ、明日なんだけど奴隷商にも行くつもりなんだけど一緒に来る?」

「奴隷商、ですか? 何をしにですか。例えばもう一人買うつもりなんですか。それともやっぱり私はいらないですか……」


 うわあ、やっぱりネガティブな感情をあらわにしている。


「いやいやルナを手放す気なんてないよ。そもそも手放すなら一緒に来るか、なんて聞き方していないでしょ」

「それもそうですね。では何のために行くんですか?」

「あのな、奴隷紋について少し聞きたいことがあるんだよ。それとルナと夜に遊ぶためのおもちゃが売っているんじゃないかなと思ってさ。もしなくても売っているお店を教えてくれそうだし」


 ルナは夜のおもちゃという言葉を聞くとすごいにやけた。何を想像したのやら。


「おい、戻ってこい。もしあれならルナも選ぶか?」

「いいんですか?」

「一応ルナが使うものではあるし、より楽しむためなら構わないさ」


 尻尾を振り回しているな。俺はなんだか複雑な気分だ。いつからこんな変態になってしまったのか、いやここまでの代物なら元からその素質は持っていたのだろうけど、俺と出会って安心することが出来、心にゆとりができた結果、変態性を開花させてしまったのかもしれない。まったく難儀なものだ。


「それで奴隷商に行くのに奴隷は本当に買わないんですね」

「だから買わないって。買うとしてももう少し後だよ。今はもう少しだけルナと二人でいたいんだ」


 俺がハーレムを作りたいのは事実だ。しかし二人目の奴隷を買う気はまだない。正直、王都に行ってからでも遅くはないだろう。今は商品があまりないとかこの前奴隷商も言っていたし、しっかりと時期を見てから買いたい。


 タイミングを選ばないと大変なトラブルに見舞われそうだからな。俺の股間のナニが蹴り飛ばされる危険もある。それだけは絶対に避けたい。俺は覚えている。この前のギルドでの、俺の股間を蹴り上げて不能にしてほしいのかという世の男全てが戦慄するような発言を。


「頼むから素直なままでいてくれよ」

「私はいつでも素直ですよ」

「反抗的という触れ込みじゃなかったのか」

「からかわないでください。なんというか、やさぐれていたせいでちょっと反骨心が強かっただけじゃないですか。今は違うでしょう?」


 やさぐれていたのか。ところどころにその名残というか、口の悪さは垣間見えるけど、それは言わないほうがいいだろうか。正直、時々出てくる悪態も気に入ってはいるのだが。


「どうだかな」


 それに少しやめろと言わんばかりにポカポカと軽く突いてきた。当然、痛くはなくかわいくて仕方がなかった。


「そ、そうだ宿では何をしたい?」

「話をすり替えましたねご主人様」


 バレバレだった。顔を膨らませて耳も絞っている。だけどしょうがないだろう。これ以上、破壊的な可愛さを見せつけられたら俺が持たないんだから。


「まあまあ、それで宿屋でやりたいことは何かある?」

「それじゃあ」

「あ、昨日みたいなことはさっきも言ったけどなしだから」


 これを言っておかないと絶対に今日もやることになるからな。ほらやっぱりそうだ。恥ずかしそうにプルプルしている。


「ならご主人様に尻尾の手入れを手伝ってほしいかもです。実は先ほどの温泉施設で髪の毛に使うためのいいブラシが売っていたんで買ってみたんです。あとオイルもあったのでそれを使って手入れでもしてみようかなとお思っているんですけど……」


「手に持っていた荷物はそれだったのか。いいよ、一緒にやろう。せっかくだからルナの髪の毛もしっかり手入れしてあげよう。綺麗な髪をしているんだから粗雑にしたらもったいないしね」


 今日の夜は平和になりそうだ。そういう手入れ事情にはまるで疎いのでよくわからないが、今度ルナに何か渡すのなら手入れ用品もいいかもしれない。


「ルナがもっときれいになるな」

「そんな、恥ずかしいですよ。でも尻尾をしっかりとすると身体全体も軽くなる感じはあるのでより健康にはなれそうですね」


 そうなのか。俺には尻尾がないからよくわからないけど、尻尾が健康のバランスをつかさどっているということなのかな。よくわからないけど、それでルナの体調がよくなるというのならいくらでもやろうじゃないか。巫女装束だってつやつやの毛並みの方が似合うだろうし。


「今日はお互いに落ち着いて過ごすことが出来そうだな」

「そうですね」


 安全な夜になりそうでよかった。


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