二人で温泉に入りました①

「いい馬車が買えてよかったですね」

「本当にな。値段が相当なものだったけどそれに見合う価値だと思うよ。内装についても少し良い床材を使ってもらうことになったし。車輪も乗り心地だけじゃなくて耐久性を考慮してもかなりよさそうだしな」

「出来上がるのが楽しみです!」


 これで一か月待つとかなら長すぎて首がキリンのようになってしまうところだが、幸いなことに数日で完成するというではないか。興奮収まらぬうちに手もとに来るのだから嬉しいことこの上ない。その冷めぬ興奮をこれから行く場所でもっと冷めないものにしようじゃないか。


「次で今日は最後になってしまうかもしれないけど、混浴の温泉に行こうとおもっているんだ。なんかあるらしいんだ」

「混浴、ですか?」

「そう、混浴。ルナに色々なことしてもらおうかな~、なんて」

「ご主人様が望むのなら少しだけいいですよ」


 あれ、ルナが案外本気にしてしまっているぞ。誤解だけは解いておかないと命が危ないかもな。


「いやいや、変なことは何もないからな。だって今から行く混浴の温泉は公共の施設で街が建てたものらしいんだ。公衆浴場というやつだよ」

「あ、そういうことですか。でも、お風呂ということなら裸、なんですよね。私、ご主人様の裸初めて見るかもしれません。奴隷商にいた時に模型とか絵とか実際のもみたことありますけど、全身はご主人様が初めてかもしれません」


 ああ、裸で入るものだと思っているのか。そのような思考になることそれ自体に不思議はないけど。俺もそれを聞いたときはいきさつ含めて驚いたからな。


「何を想像しているのかは聞かないけど、裸では入れないぞ。裸で入ったら衛兵にしょっ引かれるから」

「え?」

「あのな、その施設では水着を着て温泉に入るらしいんだ。身体を洗うとかそういったことは男女別でやる空間があるとは聞いているけど」


 そこまでするならあんなふざけた理由で湯船を統一するなよと思うけどな。


「洗い場が分かれているというのならどうして全部別れていないんでしょうか」


 ルナも疑問に思うよな。だって、洗う場所があるということはエンターテイメント以外の浴場としての要素が強いことに他ならないと普通は想像するし。


「あのな俺が聞いたのはばかげた理由なんだけど、どうも計画の段階ではきちんと分ける予定だったらしいんだ。それでいざ図面を引いてなんやかんやして試算してみると、予算を大幅に超過していたらしいんだ。それで普通は小さくすることを考えるんだけど、規模感を維持したいと思ったのか、男女一つの浴槽にしてしまえば経費も浮くし問題ないだろうということになったらしいんだ。それで無理やり削った痕跡が見えるらしい。俺も行ったことないから知らないけどな。この話も信憑性には欠けるし」


 とは言え、ギルド職員から施設の存在を教えてもらって、温泉のことならということで宿屋のオヤジに聞いたらこのことを教えてもらったんだよな。あのオヤジの言うことなら信憑性は高いように思う。


「そんな事情があるんですね。難しいです。あ、ということはさっき水着を買ったのは……」

「そういうことだ。その公衆浴場に入るにあたって必要だったんだよ。それ以外にも旅の途中で水遊びできそうとかいう理由もあるけど」

「早速着られるんですね。なんだかそういうのもいいですね」


 ああ、本当にいいよな。俺も楽しみだよ。身体をほぐしながらいけるのだから。王都にもこういう施設があるのだろうか。公衆浴場くらいはあってもおかしくないけど、経緯が経緯だけにこんな形のものは難しいだろうな。


 それにしても今日はよく歩く日だな。意外と温泉施設は遠い。街の端から街の中心地にまた戻るんだ。中心地に作ったから予算超過という嘆かわしい事態になったのではなかろうか。想像でしかないけど。でも、あの執政官がこの事業をウキウキで進めたのかと思うとなんだかおもしろいな。


「ご主人様、どうされたんですか」

「いやな、あの繊細そうな執政官が話に聞くような公衆浴場の計画を進めたのかと思うとなんだかイメージと違っておもしろくて」

「確かにあの方のイメージには合わないかもしれないですね」

「だよな」


 そんな会話をしているうちに公衆浴場についたみたいだ。立派なたてものだな。これなら確かに予算の大規模な超過が起こるのも不思議はないか。


「立派ですね」

「だなあ。これが温泉施設とは思えないよな」


 こうして入りに来ているわけだから無駄とまでは言わないけど、外観をここまで立派にする必要があったのだろうか。若干、税金の無駄遣い感もあるがな。俺はあまり払って……いや、払っているな。素材とか魔石を売ったとき、何割か取られていたんだった。そう考えると見方が変わるかな。


「ルナ、税金って何なんだろうな」

「急にどうしたんですか。でも税金はお金をいっぱい持っている人から沢山とればいいと思います。私の村は重税に苦しんでいたので」

「そっか。ならそういう村が少しでも減るように俺も税はちゃんと払うか」


 ルナの境遇を聞いてしまうと俺が文句を言うことなんてできないな。


「こんなところでお上りさんみたいなことしているのもなんだし、行こうか」

「ですね」


 入口で金を払う。ルナが獣人だからかあるいは奴隷だからかは分からないが、あまりいい顔をされなかった。今まで俺がかかわった連中が特殊でこれが普通なのかもしれないな。少し嫌なものを見てしまったな。ルナが見ていなかっただけでも幸いかな。


「こっちが男らしいな」

「私はこっちですね」


 脱衣所は別々だ。右が男で左が女だったのでそれに従い、ルナといったん分かれた。


「いや、銭湯だなこれ」


 脱衣所はスーパー銭湯を思わせる。体重計や鏡はさすがにないけど、鍵付きのロッカーはあるし、盗難対策もばっちりだ。鍵というか、魔力をながして鍵がかかり、自分の魔力と一致すればまた開くみたいな、住人全てが大なり小なり魔力を持っているという魔法世界ならでわの形式だな。無駄技術と思いきや、実は結構便利かもしれない。もっと頑丈にすれば金庫とかにも応用できるかもしれない。


「よしっ」


 水着を着て、タオルを持って浴場に入る。


「本当に混浴なんだな」


 湯気に包まれているし、なにより水着を皆着ているので。あたたかいプールといったほうが適切かもしれないけど、混浴なのは間違いない。きょろきょろしてみると、洗い場があって、そこは扉が付いていて、確かに男と女で別れていた。不貞者対策にはやはり魔法が使われているようだ。もし入ろうものなら電撃が流れて動けなくなるって書いてあるな。そんなことになったら、すぐに職員が飛んできて衛兵に突き出されるだろう。そんな覚悟のある間抜けなら挑戦でもするのかもしれないな。


 洗い場に入り、身体を丁寧に洗う。水着はそこら辺に置いておいたけど、これ誰かのと間違えたり、履き忘れたりしたら大惨事だな。ルナは何しているのかな。もしまた一緒に風呂に入る機会があるなら、宿の部屋についているプライベートな風呂とかで入りたいな。そしたらお互いに誰かを気遣う必要もなく話も出来るのにな。


 自分の家とかならそれも出来るのかな。だけどそんな二人で入っても全く問題のない風呂のある物件って相当な豪邸だし、それがあるということはそれなりの都市だろうからいくらするか想像でもできないな。将来的に買うにしても頑張るしかないかあ。

 洗い場から出て湯船につかる。そろそろルナも来るのではないかと思っていたら、すでに湯船につかっていた。

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