奴隷が泣いてしまいました

「ご主人様が無事でよかったです」

「ルナがいてくれたおかげだな。俺もルナの教育という観点にとらわれ過ぎていたのかもしれない。本当はもっと自分のことにも意識を持っていかなければならなかったのにも関わらず、注意を怠ってしまった、ある種の過信・慢心がこの事態を招いたんだ。反省しないといけないな」


「……ご主人様は絶対に私の前からいなくなったりはしませんか?」


 どうやらルナには随分と不安を抱かせてしまったみたいだ。申し訳ないことをしてしまったな。


「ああ、大丈夫だよ。そう簡単にはいなくなったりしないさ。それにそうたやすくルナのことを手放す気なんてないよ」

「その言葉は絶対ですか?」

「神に誓って本当だとも」


 この世界の神はよくわからない。だが、神という存在は確かに存在している。この世界に来るときに会って話もしたからだ。だから神に誓うというのは今の俺にはあの神様と誓いを立てるということになる。


「ご主人様のその言葉、信じます。守ってくださいね」


 ルナよ、どうしてそんなに哀愁に満ちた表情をするんだ。それではまるで……まるで俺が死ぬかもしれないと危惧しているみたいではないか。こうなったら、いやもとより、簡単には死んでやらないぞ。絶対にだ。


「お前が思っているよりも俺はずっと強いから安心しろ」

「……同じようなことを言って、私の前からいなくなってしまった人もいました。ご主人様がそうならない保証なんてどこにあるんですか!」


 大きな声だ。出した当人は肩で息をしているではないか。困った。感情的になってしまっている。


「そんなの俺を信じる以外にないだろう。ご主人様である俺を信じないなんてちょっと生意気すぎやしないか?」


 ルナの腰に手を添え、顔を近づけて、もう腰に添えているのとは逆の手でルナのあごをクイっと上げて嫌でも俺と目が合うようにした。ルナは目が泳いでいる。突然の俺の行動に驚いたようだ。


「な、なにをするんですか」

「生意気で俺のことを信じない奴隷に対して調教でもしようって考えるには自然だろう?」

「そんなの不潔です。私はそんなことで考えを変えたくないし、変わることもありませんよ」

「大丈夫だ。何日もかけてゆっくりと俺のことを信じるような身体に変えてやるよ。さあ、そんな気持ちの良い調教を施されて快楽が常に隣にある生活に堕ちるか、俺の言うことを今すぐに信じるかどっちがいいか選ばせてやる。どっちがいい?」


 性的なことを好まないルナが選ぶのは実質一つだろう。これで調教ルートを選んでしまったらちょっと面倒だ。いや調教が嫌なわけではない。面倒なのはルナのメンタル面である。もし調教を選ぶのなら、完全に心を失い、人形のようになってしまうだろう。それがいいだなんて思わないし、きちんと反骨心を残したうえで調教を施したいのだ。それは俺のわがままなのだろうか。


「そんなの一つしか選択肢がないじゃないですか。ご主人様は卑怯です」

「それで俺のことは信じるの?」

「信じるしかないじゃないですかあ……」


 ルナは泣き出してしまった。でもこれで無理やりにでも信じさせることが出来た。少しはメンタルの安定に寄与できるといいんだが。これでダメなら俺はどうしたらいいんだろう。もう手はなく、まさに万策尽きたという状態になってしまう。もし、これ以上の対策を取りたいのなら、ルナのことをもっと知る以外に道はない。やっぱり、時間をかけていくしななさそうだ。


「さ、落ち着いたら進もう。街に帰ったら楽しいことして思い出も沢山作ろうな。それと美味しいものもいっぱい食べよう」

「楽しみにしておきます。期待してもいいんですよね?」

「もちろん」


 短く笑顔で答えた。ルナが喜んでくれるのなら俺も嬉しくなってくる。だから約束は絶対に守ろう。一人の女の子との約束も守れないでハーレムなんて作れるはずもない。


 その後は敵が現れても、苦戦することなく至って順調に進んだ。ルナも俺も警戒をしていたからではあると思うがそれにしても随分と順調だった。そして二桁にはならない程度の戦闘をしたところで日が暮れてきて、野営を準備をすることにした。することは昨日と変わらない。俺が周囲に魔法を張り巡らせて、ルナがテントの準備をする。それが終わったら、俺は料理の準備をしてルナは周りにある薪になりそうな枝を集めるのだ。割といい、役割分担だと我ながら思う。体力のいる仕事にルナを振りすぎている気がしないでもないが、ルナに料理を任せるのもこの段階では未知数だし食材を無駄にも出来ないので却下ということを考えるとやっぱり適材適所になっているきがする。


 仮にこれが3人になったらどんな感じになるんだろう。旅をしようとしているんだからこんな感じの野営が増えるんだろうな。人数が増えたら馬車を買ってそれで旅をゆっくりとするのも悪くないかもしれないな。良い馬車を買ったり、俺が魔法をかけたりすれば快適な旅ができるだろうし、より多くの場所にいける。いいことずくめかもしれないし、それならどこかに拠点を作って旅もできる。最高じゃないか。妄想ははかどるな。


「ご主人様、お肉の準備できました」

「準備!? ああそうだな。肉だな。わかった焼こうか」


 妄想をし過ぎていたせいでルナの声が一瞬聞こえていなかった。我に返って、ルナから肉を受け取って黙々と焼いていく。一心不乱に焼いていくがその豊潤な香りには抗うことができず、顔が自然と綻んでしまう。ルナもそうだ。美味しそうな肉が目のまえで焼かれているせいで、今にも涎が出てきそうな勢いで尻尾をぶん回している。

 可愛いからずっと見ていたいけれど、周囲には繊細なものもあるから一応言っておくか。


「ルナ、尻尾をぶん回すのもいいけどさ、周りには気を付けて回してくれよ」

「っ!! そんなに振り回していません! 適当なこと言わないでください!」


 言われたのが恥ずかしかったのか、ルナは尻尾を持ち、顔を真っ赤にしてしまった。健気な子じゃないか。そんなこんなで飯が出来て、美味しくいただいた。いくら美味しいボアの肉でも昨日の夜、今日の昼、そして今日の夜と続けば飽きが来るというもので、料理に工夫が必要だと俺は思うが、どうもルナはそんなこと感じてもいなさそうなので、あと何回かは俺が我慢することになりそうだ。


「さ、今日も食べ終わったら早く寝ろよ」

「あの、ご主人様」


 姿勢を正しったルナが俺に静かに口を開いた。


「どうした」

「昨日とか、今日のことで私、ご主人様にたくさん迷惑をかけています。でも強くないからっていう以外の理由もあると思うんです。それに私のことをもっと知ってくれたら、ご主人様も対策がとりやすくなるかもしれないし、それにさっき、簡単には死なないと私に誓ってくれました。私ももっと自分のこと話すべきかなって思うんです」

「つまり、なんだな過去のことでも話してくれるっていうことかな」

「私が血がダメになってしまった理由、それを話して私もこの恐怖感を超えたいと思ったんです」


 これは聞く方も覚悟がいりそうな話だな。

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