奴隷が過去のことを話してくれました
「聞こう。ルナのこと俺に聞かせてくれ」
ルナは静かに満点の星空を見上げ、目を閉じてから俺の方を向いてぽつりぽつりと語り始めた。
「私は山奥の小さな村に生まれました。私と同じ種族の人がたくさん住んでいる村で、裕福ではなく貧しくもありました。ですが……きっと心は満たされていたのだと思います。私はその当時、かなりやんちゃな子供でいつも、村の外に同年代の友だちと冒険と称して抜け出してはお父さんとお母さん、それから村の大人たちに心配をかけていました。随分と叱られたものです」
ルナは懐かしんでいる。一つ一つの記憶を丁寧に思い出しながら俺に対しての言葉を紡いでいるのだろう。
「私たちはあの日も同じように村の外に抜け出していました。そしていつもと同じように日暮れに村に戻りました。ですが、ですが……」
ルナは言葉を詰まらせた。手に持ったコップが震えている。やっぱりトラウマ……なのだろう。
「話すのがしんどいのならまた後にしてもいいんだぞ」
「……いえ、出会って数日ではありますけど、少なくとも私はご主人様のことを信用しています。その信用した人には私のことも少しは知っておいて欲しいです」
そんなこと言われたら、辛そうでも止めることも出来ない。
「そうか、じゃあ続きを頼む」
ルナはゆっくりと息を吐いてから話しを続ける。
「村に戻った私たちが見たのは絶望そのものでした。村の建物からは日が上がっていて、それが暗い中で不気味に明るかったことをよく覚えています。何が起こったかわからない、状況を呑み込めていない私たちは、村の中に入りました。ですが、そのせいでとても凄惨な光景を見ることになってしまいました。村の至るところには村の人たちが血を流して倒れていました。頭がない人、腕がない人、下半身がない人、本当に色々な場所が欠損している村の人たちの死体がありました。その時、村中からしていた血の臭い忘れることは出来ません。
一緒に遊んでいた子も顔を歪ませていました。私もきっと同じような表情をしていたと思います。当然、その異様な光景に泣き出してしまった子もいました。叫ぶ子もいました。その声に反応したのでしょう。魔物がオークが私たちの前に現れ、そして腰を抜かした一人をその手に持って、あっさりと殺しました。抵抗すらもさせてもらえなかったのです。
私は目の前でそれを見てしまいました。強引に胴体を引きちぎって殺されてしまったので返り血もかなり浴びましたが、それでも逃げなきゃという思いが勝って、走りました。
でもあの時動けないで、私に助けを懇願した子もいて、でも私はそれを見捨てて逃げて、とにかく逃げるために考えもなく自分の家に走りました。
何人かの断末魔と私の名前を叫ぶ声は今でも耳元から消えてくれません。走っている途中にも死体を食べている魔物がいたりしました。襲われなかったのは奇跡だと思います。そこら辺中にある死体はみんな知っている人なんです。
きっと涙がこぼれていたと思います。悲しいとか、怖いとかそんな感情でもなかったはずです。ただ涙を流すしかなかったのだと思います。
そして、走った先には私の家があって、その時は幸いと思ったんですが、私の家は火の手が上がっていなくて、だから中に入ればきっとお父さんとお母さんがいてお姉ちゃんやお兄ちゃん、それに妹はきっと無事に違いない。そんな淡い期待をしていたのだと思います。
ですがそれは、あまりにも大きすぎる勘違いでした。あの光景が広がっていることを知っていたら私は家に向かおうとはしなかった……。家の前で異変はあって、お父さんはほとんど首だけで、首から下は片方の肩だけがかろうじてあるような状態で、その表情も絶望と憎悪が入り混じっていて私が今まで見たことのないような顔をして死んでいたんです。
その悍ましい光景がとにかく怖くて尻餅をつきました。言葉は、出なかったです。あんな光景を目にしたら声なんて出せるわけもなかったんです。
それでも、なんとか立ち上がって、家の中に入ると、お兄ちゃんも血だらけでした。この時も声を出すことが出来ませんでした。
もう一度意を決して奥に進んだら魔物がいましたが、私の方を見向きもしません。不思議に思って下を見てみると、お母さんとお姉ちゃんは生きていました。しかしそれは嬉しいとは感じませんでした。お母さんとお姉ちゃんの二人は裸にされて涙は枯れていました。部屋からは異臭がして、目から光が失われ、粘液まみれになっていました。魔物が大きくて、恐ろしい奴がお母さんとお姉ちゃんの上に載っているんです。そこで妹の姿がないことに気が付いて周りをゆっくりと見渡してみると、同じように裸にされ、腹は膨れ、目が開いたまま動いていませんでした。
私はかけよることはできませんでした。そうしてみている瞬間にもお母さんとお姉ちゃんは犯されてぐちゃぐちゃにされているのにです。きっとこの空間にいたら私も同じことをされると本能的に察しました。それにお母さんもお姉ちゃんももう助からないであろうことも惨状を見たら察することができて、薄情にも私はそこからは逃げました。
とにかく逃げて逃げて逃げました。どこに向かっていたのかも分かりません。ですが走り続けたと思います。そのまま走り続けて疲れてどこかで眠りました。起きたら、また走りました。何も食べてはないないの体身体が動かなくなっていました。それでも無理やりどうにか生き延びようとしていましたが、途中に人の隊列に遭遇しました。これで助かるんだと思いましたが、それは間違いで……いえ結果的には路頭に迷うことは避けられない私をここまで生かしてくれたので、生きてご主人様と出会った今では幸運だったというべきなのかもしれませんが……。
私が遭遇した隊列というのは、人さらいでした。子供で返り血を浴びているとはいえ、明らかに貧しそうな恰好をしている私を彼らが捕獲しない理由はなく、疲労もたまっていた私は抵抗しても通用することなく、あっという間に捕まって拘束され、檻に放り込まれました。それからその人さらいは私のことを奴隷商に引き渡してそれから暫く教育を受けさせられて、商品として陳列をされていました」
……想像以上に重い内容だった。
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