11.仮面の村2

「嬢ちゃん?何してんの?」




 夜空を見つめていた僕を覗き込むように、青年が顔を出す。ぼさぼさな髪は、彼の容姿への無頓着さを表していた。彼は不思議そうに僕の顔を見つめる。



「ラーシーさ、ん!」



 思わず飛び跳ね、彼と距離を取る。捻った右足は未だに痛いが、それでも僕の体は無理やり動いた。思わず激痛が走るが、歯を食いしばる。

 汚職警備隊ラーシーは、ライトを僕の足元に照らしながら首を傾げる。何かに躓いたと思ったのだろうか。疑問を浮かべた表情のまま、一歩こちらに近づいてくる。

 僕は思わず、手を差し出して彼を制した。


「まて!」

「ほ?」

「近寄るな、と言っているんです」



 僕の唯ならぬ形相に驚いた様子を浮かべた彼は、両手をあげながら一歩下がる。首を傾げながら、「なになに?」と言葉を漏らす。



ーーこいつが、マキの可能性は充分にある



 マキがこの村に転生しているということは、村人の誰かが殺人鬼ということだ。しかも、素性は全く当てにならない。

 隣で歩いていた村人が、急に『赤い柄の包丁』で刺してくるかもしれない。どれだけ身元が確かでも、前世が誰かはわからないからだ。


 加えて、性別も当てにならない。入江マキは当然女性だが、今世では男かもしれない。年齢も当てにならない。老若男女、全てが容疑者になりうる。


 だって、僕の存在が全てを狂わせている。村長ロイの娘で、身元が保証されている村人。だけど、前世では20歳の男子大学生だったわけだ。



 ヘルト村は仮面の村になった。全員が転生者の可能性があり、殺人鬼の可能性がある。




 ラーシーも例外ではない。というか、疑い深い存在と言っても過言ではない。




 あの死体は、ロスト山とアオスト邸を繋ぐ、村の外周にあった。僕たちはロスト山から南下してきたが、ラーシーとはその途中で出会った。つまり、彼は死体があった現場を通ってきているのである。

 殺人は、充分可能だ。



「ちょっと、どうしたの?顔怖いけど」

「ラーシーさんは、仕事が終わって帰ったんじゃなかったんですか」



 案に、何故戻ってきたのか、という質問だった。定時で帰りたがっていたラーシーが、現場周辺にいるのは不自然だ。

 犯人は現場に戻る。地球では誰しもが知っている当たり前の話だ。




 僕の真剣な眼差しに気圧されたのか、彼は一歩後退した。この青年は、平気で汚職はするが小心者だ。天真爛漫なマキと性格は離れているが、演じている可能性は充分ある。

 僕だって、男なのにかぐや姫になろうとしていたわけだし。僕の前世が男と見破れる人はいないのと同じく、性格や容姿で判断するのは浅はかだ。




「何しに来たって、悲鳴が聞こえたからだよ。嬢ちゃんも聞こえなかったか?何かあったんだよ」



 彼は胸を張りながらこう続けた。



「腐っても警備隊だぜ?定時後でも、女の子の悲鳴が聞こえれば飛んでいくよ」



ーールミか



 確かに、死体を発見したルミが女の子らしい悲鳴をあげていた。

 ラーシーと別れてすぐのことだったし、彼女の声が聞こえていてもおかしくない。その道中、倒れている僕を見つけたとしたら、行動に何も矛盾点はない。


 そういえば、ルミは無事だろうか。死体を見て怯えていたようだし、たまには僕が慰めてあげないと。オルが護衛としてついているわけだが、それでも心配なものは心配だ。


ーーいや、待てよ



 ルミがマキという可能性もある。全然ある。彼女が転生者でないと言い切れる確証がない。 

 いやいや、ルミは僕とずっと一緒にいただろう。だから、彼女だけは絶対に信用できるはず。



ーーでも、ラーシーとオルが話していた時、彼女は一足先に歩いていた



 ルミは、あの瞬間僕から離れていた。彼女の魔法を使った強力な脚力であれば、現場まで辿り着いて刺殺し、すぐに戻ってくることは可能だ。彼女もまた、容疑者の一人だ。

 


 いや、でも…



「ああ、もう!」



 

 だめだ。これ以上思考すると頭がおかしくなりそうだ。自分以外は信じれず、全てを疑うべきなのかもしれない。だが、心が持たない。

 三歳の家出の際に、マキが転生していることを知ったら、全員を疑えたかもしれない。だけど、今はもう違う。ヘルト村の村民達に愛着がないわけがない。


 とはいえ、ここでラーシーと睨めっこしていても埒が空かない。全員が容疑者だとしても、やりようはある。



「ラーシーさん。その場で、今すぐスタウ隊長に伝達魔法を飛ばしてください」

「ええ?こんな夜遅くに?」

「いいから、早く!」



 言われるがまま、慌てて懐から魔道具を取り出し、何やら操作をする。僕ですら持っていない高価なそれは、警備隊員である証拠でもある。


 この世界の安全を守る、治安維持機関の一つである、魔法学院警備隊。地球でいう警察に当たるその組織は、魔道具を世界的に管理している。伝達魔法や攻撃魔法など様々な治安維持に扱える魔法を封じ込めているのだ。


 軽い雑音が聞こえた後に、彼の手元から低い男の声が聞こえる。


 

『こちら、魔法学院警備隊ヘルト村支部ラス・スタウ』

「隊員ラーシーです、ちょ」



 ルミやオルの父親はヘルト村の治安維持隊のトップ。魔法学院の中でもかなり地位の高い位置にいるらしい。この村の治安維持を管轄していて、凄腕の魔法使いだ。


 僕はラーシーの手元から魔道具を奪い取る。



「ラスさん、聞こえますか!?モニです!」

『む、モニちゃん?』

「今すぐ、ルミのところに転移してください!」

『なんだって?』



 スタウ隊長も信用できる相手なのかわからない。それでも、警備隊を呼ぶことによって、現場を治めることができる。ラーシーが仮に犯人だとしても、これで身動きが取れなくなる。

 集団による相互監視。3人以上の空間では、尻尾を出すことはできないだろう。この事件を大事にして、僕の安全を確保する。




 僕はありったけの声量で、魔道具に向かって叫んだ。



「人が死んでます!殺人事件です!」

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