12.仮面の村3
【魔歴593年07月1日23時30分】
「そろそろロイが来るから。すまないがもう少しここに居てくれ」
そう言って、ラス・スタウ隊長は部下を連れて部屋の外に去っていった。
ヘルト村の大広場に隣接している、四階建ての建物。村の中ではアオスト邸に次いで大きく、多くの職員が働いている。その名も、魔法学院警備隊ヘルト村支部。僕は警備隊に保護された。
僕がいるのは、その一室だ。簡易的な机と椅子、質素なベッド、木造りの壁と床。恐らく、隊員の仮眠室なのだろう。夜中ということもあり、周囲はひっそりとしていた。
殺人事件の第一発見者の一人として、先ほどまで聞き込みを行われていた。と言っても、スタウ隊長とは顔馴染みなので、そこまで形式的な話はしていない。
精神的に参ってしまったらしいルミとオルの代わりに、僕が軽く説明をしたというわけだ。死体発見から、その後の動き、辺りにあったものや気づいた点をつらつらと。ラーシーと出会うまでを事細かに。
スタウ隊長は「流石モニちゃんだね」と言っていた。視野が広く、頼りになる、と。
どうやら、僕はそう見えたらしい。クールな表情で、でも美しく。一歩後ろで、俯瞰している、大人びた少女。モニ・アオストはいつも通りの振る舞いをしていた。
死体を見てたのに、僕には笑顔があって。取り乱しもせず、淡々と状況を説明する。仕舞いには、ルミとオルの心配をする余裕すらあった。
僕は、不気味だろうか。
だけど、ここで取り乱してはならない。僕は自分をかぐや姫のようになりたいと振る舞ってきた。これから先もそのイメージを崩してはならない。
だって、それは『赤い柄の包丁』に心当たりがあると言っているようなものだ。前世の記憶に怯え、次は自分の番だと恐怖している被害者だと自己紹介をしている。
それだったら、気味が悪い美少女の方がましだ。もとより、僕は暴言女と呼ばれるほど異常者扱いされている。一度決めた道は、進むべきなのだ。
ーー僕が疑いの目を向けていたことを、警備隊にはバレていないだろうか
警戒心、不信感、疑心暗鬼。
仮面の村の中で、僕は一人だった。
誰しもが裏切り者の可能性があり、僕を騙しているのだ。
僕はモニとして、この村を愛していた。だけども、この気持ちは一方通行だったのだ。それは、妹に殺された前世と同じ結末のようで、僕のトラウマを刺激し続けていた。
脳は自動的に、僕の精神を守るために動き始めた。つまり、誰も信用しない。裏切られた時の衝撃を減らすために、最初から敵だと思って仕舞えば良い。
ベッドにごろんと寝転がり、天井を見つめる。木製の天井をから目線を外し、瞼を閉じる。
僕の頭の中は一つの事で埋め尽くされていた。
誰が、マキなのか。
ヘルト村に監視カメラはない。それ故、アリバイは自己申告で判断するしかない。サイコメトリー的な魔法で覆せるかもしれないが、生憎僕は魔法を使えない。
前世のように、正攻法で戦わなければならない。
ーー必ず、見つけなければならない
なぜ、僕を騙し続け、殺したのか。どうして、再び殺人を始めたのか。彼女がこの村にいるというなら、問いただす必要がある。
その後どうするかは、怖くて考えられなかった。
***
コンコン
「ん、あ」
『お兄ちゃーん、起きてるー?』
どうやら寝てしまっていたらしい。
扉を叩く音と共に、瞼をゆっくりと開ける。軽い頭痛と倦怠感が襲い、僕の思考を鈍らせる。眩しいな。部屋の明かりに照らされ、手で隠す。目を何度かパチパチと開閉し、状況を理解する。
ーーおいおい
僕はため息混じりに苦言を呈する。
「起こしにくんなって言ったよな」
『だって、お兄ちゃん起きるの遅いんだもん』
僕だって、目覚まし時計を設定している。だけど、マキはその前には必ず起こしに来るのだ。一緒に朝ごはんを食べたいとか何とか。そりゃあ、中学高校は同じ時間に家を出るから、タイミングもあったかもしれない。
今や、大学生。マキとは違って、僕は一限には講義を入れない主義だ。彼女と起床時間がズレるのは当然と言ってもいい。
僕は扉の向こうにいるだろう妹に向かって、イラつきを隠さず言葉を告げる。
「僕は自分のペースで起きたいんだよ」
『全くもう、わがままなんだからぁ』
「どっちが、わが、まま…だ」
ばっ
僕は飛び跳ねるように起き上がった。目を大きく見開き、辺りを見渡す。微睡は一瞬で解け、視界は一気に明確になる。
簡易的な机と椅子、質素なベッド。天井には眩い光が灯り、部屋全体を照らす。木製のこの部屋は、先ほどまでいた警備隊ヘルト村支部だ。間違いない。
鈍った思考に、鈍った思考に、血液が高速で流れ込む。心臓の音は高鳴り、冷や汗が垂れる。強制的に視界はクリアになって行く。
扉は開いていない。机や椅子の位置も変わっていない。誰かが部屋に入った形跡はない。
「夢か…」
ーーコンコン
無機質な扉を叩く音が、部屋に響く。
いる。
扉の向こうに、人の気配がする。ノックの音は夢ではない。
夢ではない。いるのか、妹が。
やけに明るい、女性の声。脳内に響いたその声は、馴染み深い。マキは、いつもあの声で僕を起こしに来ていた。
「モニ、起きてるか?」
今度は、男の声が聞こえる。これもまた、僕にとっては馴染み深い声だった。僕と16年を共にした家族、ロイ・アオストの声で間違いない。
そう言えば、スタウ隊長が呼んでくれたのだった。僕は、彼の到着を待つためにこの仮眠室にいて、寝てしまったのだ。
僕はベッドから静かに降り、ゆっくりと扉に近づく。ドアノブに手をかけ、扉を開こうとしてーー、動きを止める。すっかりと乾いた声唇で、絞り出すように声を上げる。震えた声に、自分で驚いた。
「お父さんだよね?」
ロイが迎えに来ると言われていて、ロイの声がする。だから、扉の向こうにいるのはロイであることは間違いない。
当たり前だ。何もおかしなことはない。
だけど、僕はあえて、ロイに尋ねた。「お前は、誰か」と。一見意味のわからないかもしれないが、希望の問いかけでもあった。
嫌な予感がしていた。赤い柄の包丁を見てから、ずっと。中でも、今が一番気持ちが悪い。崖っぷちに立っている気分だ。
ロイ・アオストが入江マキの転生先という可能性。
僕のことを、大切に育ててくれた家族。16年間愛を感じなかった日は無いし、僕も父親のことは大好きだ。
マキもまた、僕に愛を向けていた。僕たちは家族だった。間違いなく。
だけど、最後のあの瞬間、妹は兄を殺した。僕は殺された。
マキはそういうやつなのだ。
それに、ロイは僕が転生者だと気がついている唯一の人間だ。
三歳の誕生日。彼は僕のことを転生者だと言い当てた。その上で、僕たちは家族だと再確認したのだ。
それはまるで、僕の前世が佐藤ミノルだということを確認する作業のようだった。
ーー頼む
僕の問いは、「あなたはマキじゃありませんよね?」という確認だった。
普通に答えてくれ。「何言ってんだ。迎えに来たぞ」と言って、僕を安心させてくれ。ロイのことさえ信じられないのなら、僕は本当に一人になってしまう。
ただ安心させる言葉を、優しく言ってくれればいい。
僕の問いをきっかけに、静寂が訪れる。1秒、2秒と続いた沈黙は、ゆっくりと男の声によって終わりを告げた。
「モニ、慎重すぎだよ」
『お兄ちゃん、慎重すぎだよ』
問いかけに対する答えは、父親としてのものだった。だけど、前世で彼女が口にした言葉でもあった。
ロイの軽快な言葉は、マキの言葉と重なって聞こえる。男の声は、明るい女性の声に変換されていく。
ダメだ。
疑惑は確信に変わる。
扉の向こうにいるのは、マキだ。
間違いない。
ロイ・アオストは、入江マキだ。
自分でも驚くほど、低い声が口から漏れる。感情のない冷徹な言葉が扉越しに響く。
「会いたかったぜ、マキ」
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