10.仮面の村1

 今は昔、竹取の翁というふものありけり。野山にまじりて竹をとりつつ、よろづのことに使ひけり。

 以下略。



 竹取物語の冒頭だ。

 国語の授業で暗記させられたから、未だに覚えている。

 


 僕は童話の中だとこの話が好きだった。貴公子達に課された五つの難題はわくわくするし、絶世の美女ともてはやされるかぐや姫に振り回される人々を見るのは痛快だった。

 もはや、日本最古の異世界転生小説といっても過言ではない。外見チートを使って平安時代を無双した、ともいえる。どの時代も、やることは変わらないと思った。




 僕とかぐや姫は境遇が似ている。

 世にも稀な美女であり、夜空に輝く黒髪を持ち、そして別の世界から訪れた。

 かぐや姫は罪を着せられ地球に追放された。僕もまた、殺人鬼に殺されて異世界に転生した。ほら、僕はかぐや姫なのだ。

 


 そのことに気が付いたのは、三歳の冬だ。せっかく女子として転生したのだから、かぐや姫のようになりたいと思った。ちやほやされてゆっくりと異世界を楽しみたい。魔法学などめんどくさいことも多いが、この人生を満喫したい。前世の呪いから解放された、僕へのご褒美だと思った。



 幸い、実家は豪邸で父親は村長と暮らしは安定している。僕が自分磨きに力を入れるには、環境が整っていた。

 髪の手入れ、スキンケア、食事や水分摂取の配慮、睡眠、マッサージなど基本的なことから、パラス王国の流行ファッションのリサーチなど多岐にわたる。

 努力の末に、僕はかぐや姫のような存在になった。


 ヘルト村一番の美少女。村長ロイの最愛の娘、そして、教育機関一番の天才。

 

 僕は異世界で魔法や冒険に明け暮れるのではなく、自分磨きに力を入れたということだ。ここまでの人生、完璧だった。

 父親のロイに難題を吹っ掛け、告白してくる男もぶっ飛ばし、親友のルミと馬鹿ばかりやる。幸せだ。



 だけど、ふと思うことがある。

 竹取物語のかぐや姫は、最後どんな結末を迎えたか、覚えているだろうか。平安京で悠々自適に暮らし、帝にも気に入られ、全てを手に入れた。その後に、何が彼女に訪れたのか。




 日本人なら誰しもが知っているだろう。




 月の都から、迎えの者が来る。かぐや姫は、帝や翁との別れを惜しみながらも、月へと去っていく。全てを失い自分が天人だと思い出した悲劇の結末だ。





 僕のもとにも、現れたわけだ。

 



 殺人鬼という名の、迎えが。


 

***


【魔歴593年07月01日20時05分】



「嘘だ」



 低い、女性の嘆きが口から溢れる。その言葉は、僕の願望でもあった。



 目の前で倒れているのは、30代の女性。その顔には見覚えがあった。大広場の露店で見たことがある。店員と客として何度か会話をしたこともあるし、ヘルト村の村民であることは間違いない。

 瞳を大きく開け、口は半開きになっていた。濁った瞳は虚空を見つめ、唇は未だに赤い。『赤い柄の包丁』が刺さった胸部からは血液がどくどくと流れ、赤い海を形成する。


 どこからどう見ても、雪山山荘殺人事件と同じ殺人鬼の仕業だ。同じ凶器、同じ部位、そして同じ量の出血量。この光景を何度も見た僕がいうのだから、間違いない。鼻につく血液の匂いまで、再現度は完璧だった。

 しかも、僕の手にこびりついた血液から少し温もりを感じる。



ーーまだ、近くにいるはずだ



 僕は目を見開き、ポケットにしまっていたライトを取り出す。光魔法が固定化された高額な魔道具。誕生日プレゼントで買ってもらった大切なものだった。

 僕たちはさっきまで、ロスト山のある西部から南下し、最南端にある自宅に向かっていた。その間、すれ違ったのは汚職警備隊ラーシーと少年オル。警備隊の仕事の一つ、ヘルト村外周の見回りの最中にオルと喧嘩を始めたとしたら、彼らが通った後に死体が生まれたことになる。


 ライトで、道の先を照らす。暗闇のヘルト村はいつもと同じ景色が続き、そこに異変はない。殺人鬼が逃げたとしたら、アオスト家のある南側の道か、東側の住宅街か。



ーー迷ってる時間はない



 後ろを振り向くと、ルミは地面に尻餅をつき、口をぱくぱくさせていた。死体を見る機会なんてあるわけがないし、胸部の刺殺はかなりショッキングだろう。彼女が立ち直るには時間がかかりそうだった。



「オル!ルミを任せたぞ!」

「う、うん」



 ルミにくっついてしゃがんでいるオルに彼女を任せ、僕は走り出した。会ってどうするのかはわからない。だけど、殺人鬼に会わなければならない。僕の体は動き始めた。


 向かう先は東側の住宅街。ヘルト村の地図上だと、大広場の左にある。住居はまばらに広がっていて、老人達ばかり住んでいる過疎地帯。ロスト山に侵食されているこの辺りは、木々や川などの自然が多い。



 走る。走る。



 ライトを振り回して、近くの木陰を照らし、前に進む。殺人鬼は、近くにいる。いるはずなんだ。


 一人の道中では、僕の足跡と夜風の音しか聞こえなかった。生気すら感じさせないその道中は、頭がおかしくなりそうだった。まるで異世界に迷い込んでしまったようだ、と思ったところで木の根に躓く。

 ずざっという音と共に、前方にひっくり返る。頭と足を軽く打ち、全身が痺れる。立ち上がろうとし、再び寝転がる。転ぶ際に足を少し捻ってしまったようだ。


 夜空は、僕を見下ろすように広がっていた。今頃、殺人鬼はさらに遠くに向かっているだろう。手掛かりを残すことなく、ただ自分が転生したという事実だけを僕に教えて。



 

「ふざけんな」



 


 かぐや姫になりたい。好きな人達と楽しい生活をくらしたい。それが、モニ・アオストの人生になるはずだった。

 あの日以降、モニとして生きると決めたんだ。



 なのに、なんで今更出てきた。僕の人生をめちゃくちゃにするんだ。



 殺人鬼が、この村にいる。

 そして、彼女は僕を狙うだろう。


 

 なぜなら、僕は殺人鬼の前世が誰か知っているからだ。僕だけが知っている事実。それは、殺人鬼にとって最も不都合だ。

 僕は死ぬ間際、犯人の顔を見た。その顔はよく知った人物だったし、彼女のことは誰よりも理解しているつもりだった。それが故に、衝撃は大きかった。



 殺人鬼の名前は入江マキ。僕の妹だ。

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