08.僕とルミ3
【魔暦593年07月01日19時40分】
ロスト山から下山した僕たちは、ヘルト村の西部から南部へと移動していた。僕とルミの家はとても近く、帰り道も同じだった。
ヘルト村の異物協会も、流石に深夜にはやっていない。万年筆を協会に審査してもらうのは、翌日になるだろう。
街灯一つないヘルト村では、十九時を過ぎると人はほとんどいない。光魔法を使えるものか、ライトのような魔道具を持っている金持ちしかいない。もちろん、僕は後者だ。アオスト家長女として、常にライトは携帯している。
といっても、ルミが魔法を使う時は、僕は何もしないが。僕は、彼女がドヤ顔で魔法を使うのが好きなのだ。
未だ興奮冷めやらぬルミとともに、ヘルト村の外周を回る。村と山の間に張られた木製の柵に沿って南下すると、二人の男の声が聞こえた。
この時間に人が外にいることも珍しいが、立ち話が長引いたようではないらしい。和やかな声ではなく、激しい口論が聞こえる。どうやら、何かトラブルが起きているようだ。
ーーこの声…
僕はルミと目を合わせて、二人息をそろえてため息をこぼした。彼女の顔には異物を見つけた時の高揚感は消え失せていた。代わりに、面倒くささと気だるさが浮かんでいた。
ルミは足取りを重くして、歩く速度を落とした。僕も同じだった。この先で待っているのは、どうせあの口喧嘩だろう。二人とも、それが分かっていたからだ。
案の定、柵の近くで二人の男が口論を行っていた。一人は燃えるような赤髪をもつ少年で、もう一人は気だるそうな目をしている青年だった。少年は激しく手を振りながら、何かを訴えていた。青年はそれに対して、無関心に頭をかく。二人の間には、明らかな温度差があった。
「だから、俺はもう大人だって!!今日で十三歳になったんだ」
「大人だぁ?大人なら、大人しくしろって」
「ラ―シーさんは頭が硬いんだよ!お姉ちゃんはもっと子供の時から外に行ってたじゃないか!」
「嬢ちゃん達は特別だからさ。あーもうめんどくせー。これだからガキは嫌いなんだよ」
ラ―シーと呼ばれた男は、両耳を塞ぎながら天を見上げる。それを、赤髪の少年が下から覗き込み、再び何かを叫ぶ。ラ―シーはまともに話を聞く様子がないので、口論は一本通行になっていた。
僕たちは目をそらしながら、彼らの横を素早く通り抜けた。彼らの下らない口論には近づきたくないし、関わりたくない。夜遅くでなければ、遠回りしたいくらいだった。
「あ、ルミさん。ちょうどよかった」
「あーあー。聞こえない。聞こえない。」
「ちょっとぉ!」
両耳を閉じて無視するルミに対して、ラ―シーは彼女の腕を掴む。しかし、彼女の魔法によって強化された手払いによって、彼は大きく吹き飛んだ。そのままルミは、後ろを振り向かずに前に進んでいった。
「ぐっ。嬢ちゃんも何か言ってくれよぉ」
「夜分遅くまでお勤めご苦労様ですね。それじゃ」
「まって、まじで!俺定時過ぎてるんだって!」
今度は僕のほうに近づき、手をすり合わせながら頭を何度も下げる。彼は小声で呟いた。
「ルミさんたちがロスト山に行ってるの、隠してるのは俺だよね?このガキなんとかしてくれたらいいから、ね?」
ヘルト村警備隊の汚職警官ことラ―シーは、そう僕たちに問いかける。ロスト山は異物が取れるだけでなく魔獣も出没する危険な場所で、警備隊の許可がなければ立ち入り禁止だった。女子高生である僕たちは許可されるわけがない。
しかし、ルミの拳によってぼこぼこにされたラ―シーは、心優しく許可状を出してくれたのだ。この青年は長いものに巻かれる、世渡り上手で有名だった。故に、僕たちには敬語で話すし、ルミに至ってはさん付けだった。
もちろん、これは犯罪である。僕たちとラ―シーは、共犯者だった。
ーーやれやれ
一人でずかずかと歩いて去ろうとしたルミを引き止め、赤髪の少年の前に立たせる。というか、今回の騒動の原因は実はルミなのだ。
赤髪の少年の名前は、オル・スタウ。アオスト家の敷地内にあるヘルト村警備隊隊長スタウ氏のご子息であり、ルミの妹でもある。
今年で十三歳になるこの少年もまた、ロスト山に行きたがっているらしい。僕とルミに憧れたのか、それともルミの持つ笛の異物に魅入られているのか。どちらかはわからないが、オルがラ―シーにロスト山行きの許可状を懇願する姿は度々目撃されていた。
今夜も、僕たちの帰りが遅いことを察して、ラ―シーに詰め寄ったのだろう。
「お姉ちゃん!」
オルもすぐにこちらに気付くと、姉を見て不満そうな顔をした後、僕に視線を移す。だがすぐさま目をそらして一歩後ろへ下がった。
「おい、オル。人に迷惑かけてんじゃねえ」
「だってさ!お姉ちゃんもモニちゃんを無理矢理連れてっているじゃん!」
「あたしは無理矢理じゃねぇよ!!」
ドンッという音と共にオルは空中へ飛ばされた。鳩尾めがけて蹴り込まれた足は彼の体内で爆発するような衝撃を起こして吹き飛ばす。何回転もしながら跳ね返ったオルは柵に激突して止まった。
彼はグエッという声を上げて白目を剥く。彼女はその様子を見て舌打ちした後、ラ―シーのほうを見る。。
「ラ―シーの兄貴。次からはあたしたちを巻き込むなよ」
「ひ、ひぃ。失礼しましたー!」
足早に逃げ出すラ―シーを睨みつけると、彼女はオルの足首を掴んで引き摺り出した。
ーーつ、つえぇ
十三歳の少年だって言ってもオルは身長百五十五センチまで伸びている。対するルミは百五十センチ程度しかなく、大きな差があるが彼女にとって関係ない。ちなみに僕は百六十センチを超えている。
これで、手加減しているほうだったりするから恐ろしい話だ。彼女は魔力を体内で循環させることで、異常な身体能力向上効果を得ている。オルが吹き飛ばされる光景は日常茶飯事だった。
「じゃ、帰ろうぜー」
「え、ああ。そうね」
顔面を地面に引きずっているオルを横目に、僕はルミを見る。彼女はじっと見る僕を見て、不思議そうに首を傾げた。
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