07.僕とルミ2
【魔暦593年07月01日17時50分】
僕が異物を知ったのは、三歳の家出の時だ。異物と異人の関係を父親から教えてもらい、異世界で生きる事を決めた。
異物とは、異物協会が管理している異なる世界の漂流物のこと。異物は個人で所有することも可能で、協会に申請しないと携帯できない。
未申請の異物を持っていたら協会や魔法学院に捕まってしまう。罰金または懲役、異物は没収という始末だ。
なぜここまで厳しい扱いをしているかというと、呪われた異物というものが存在するからだ。触ったら死ぬとか、爆発するとか、碌でもないことが多い。呪異物か聖異物かを協会に提出して審査してもらわなければならない。もちろん、呪異物だったら換金されて、協会が管理する。聖異物ならば、換金か所有か選べるというわけだ。
漂流物なだけあって、異物はどこにでも落ちている。いつ、どうやってこの世界に流れてきたのかはわからないが、今もどこかで漂流しているだろう。
特に、ヘルト村のロスト山では、良く見つかる。僕とルミが通う秘密の場所だ。
数年前にロスト山で遊んでいた時、たまたま山道に落ちていた異物をルミが見つけた。プラスチックでできた安っぽい白い笛。今でも大切に持っているそれは、彼女の人生を大きく変えた。
今では僕を連れ回してロスト山を探検する日々だ。あれ以降、異物は見つけていないが、彼女の瞳から光が消えることはない。
「ほいっと」
ルミが声をあげると、山道に光が灯る。彼女の人差し指が光り輝き、辺りを照らす。僕は魔法はからきしだったが、ルミは魔法が得意だ。
光灯す程度の魔法でも免許が必要だが、もちろんルミは持っている。彼女は不良だが、地頭は悪くない。
太陽は沈みかけていたが、僕たちは気にしなかった。ルミの人差し指の光を頼りに、森林の中をゆっくりと進む。木々の間から差し込む赤い光が、二人の影を長く伸ばしていた。
異物は空から降ってくるのか、地中から掘り起こされるのか。はたまた、空間の歪みができていて、そこから漂流するのか。未だに解明されていないそれは、木々に引っかかっていたり、地面に落ちていたりと様々だ。
僕たちはくだらない話をしながら、山道を歩く。ルミは真剣だが、僕にとっては彼女との雑談が本命だ。
「そういえば、モニ。あの噂聞いたか」
「噂って…、警備隊のラーシーに彼女ができたって話?」
「なんだその、心底どうでも良い話は…。あれだよ、ロスト山の」
「何よそれ」
全く心当たりのない私は、立ち止まってルミを見つめる。
ルミもニヤリと笑った後、人差し指をこちらに向ける。光魔法が直接僕にふり注ぎ、余程彼女が興奮していることがわかる。眩しいのでやめてほしい。
「異物協会で持ちきりの噂なんだけどさ。ロスト山でとんでもないものを見かけたって報告が複数あったんだよ。一級異物の可能性すらあるとかなんとか」
「ふーん、で?」
「なんと、見かけた人全員が手に入れようとしたのだけど、逃してしまった取得難易度の高い異物らしい」
「どんな異物なの?」
「白い服を着ていて、見たこともない輝きを放つ、謎の異物!異物協会の一部では、ロスト山の天使と名付けたらしいぜ!」
ロスト山の天使。異物協会のハンター達が最近注目している謎の異物。いつもに増してルミがやる気に満ち溢れているのは、新たな異物の目撃情報が出たからか。
彼女は指先の光を森林に移し、再び探索を始めた。僕は彼女の美しい赤髪を眺めながら、着いていく。
「異物って、生命体は含まれないんじゃないの?」
「いやいや、天使は空想上の生き物でしょ?だから有りなんだよきっと」
「そうなのね…」
異人という魂の漂流があるくらいだ。どこか別の世界から天使が流れ落ちてきてもおかしくはない…のか?
てか、天使ってなんだ?存在するのか?天使が生きている異世界から漂流してきたということか?
僕の疑問に彼女は気がつくことはなく、どんどん前に進む。太陽は完全に沈み、彼女の光魔法だけが前を照らす頼りになっていた。彼女の指はくるくると森林を照らしていく。
きらり。
葉や幹とはまた違う光の反射だった。山道にあるべきものではない、不自然なそれを見たルミは駆け足で近寄る。汚れるのを気にせず、草むらの中に飛び込んでいく。
慌てて駆け寄った僕に、彼女はすぐに顔をあげた。青い澄んだ瞳を大きく見開き、口も大きく開ける。いつもより幼く見えるその表情は彼女の活発さを感じて僕の頬も緩んだ。
「モニ!これ!」
彼女の声に合わせて突き出された右手の中には、黒い棒状のような物があった。光沢のある黒い素材で作られていて、細身で長い形をしていた。一端には銀色の尖った部分があり、細い切れ目がついている。
ーーおー、万年筆か
「異物ね!良かったじゃない、ルミ」
「わあ、わあ!すごい、すごくないか?あたし、また異物見つけちゃったぁ!しかも、今回はめちゃくちゃかっこいいぞ」
「うんうん、そうだねぇ」
「やったぁ!」
彼女はそう言って、嬉しそうに空中に万年筆を振り回した。その万年筆は、彼女の光魔法の照明によって照らされて、虹色にきらめいて見えた。
暴力女と恐れられる彼女がこんなに無邪気に笑うなんて、クラスの男子達には信じられない光景だろう。僕は隣で微笑みながら、彼女の幸せそうな表情を眺めた。
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