06.僕とルミ1

【魔暦593年07月01日10時25分】



「で、光魔法の第一人者アベレーンが、ある一定の条件下で魔素の歪みを作ることができると発見した。その応用で…」



 教員の声は、淡々と教室の中に響き渡る。誰しもがその声を耳に通し、ほとんどが右から左へと流れていった。その様子をため息を吐きながら、教員は見て見ぬ振りをする。




 僕が家出をしたあの日から、十三年も経った。三歳児のあの時から、僕は見違える程に成長した。髪は黒くて長くストレートで、耳にかけることもなく肩まで垂れている。目は大きく澄んでいて、少し上がった目尻からは知性的な光が放たれる。白いブラウスと紺色のスカートという制服が僕の清楚な雰囲気を際立たせる。

 清楚系美少女の擬人化と言っても差し支えない。自画自賛だけど、僕は男が思い描く理想の女性像そのものだった。



 それもそのはず。僕がモニ・アオストとして生きると決めたあの日から、転生者の知識をフル活用して取り組んだのだ。

 現代知識でチート生活を送ったり、子供の頃から身体能力を高めて異世界無双したり、魔法を使って冒険したり。異世界に来てやることは色々考えられるが、僕からしたらどれも興味がなかった。



 自分磨き。それに尽きる。僕毎晩鏡を見て、モニがどれだけ可愛くなるかを日々研究していた。もともとのポテンシャルもあったが、努力のかいもあって今や僕は美少女そのものだ。おまけに前世で培った論理思考能力があるから、周囲よりも大人びて見える。


 学業成績はトップクラスで、ミステリアスで清楚な雰囲気も持ち合わせている。さらに村長の娘という立場や実家の裕福さもプラスされている。



「同程度の魔素の歪みは、空間を繋ぐことができる。アベレーンが見つけた光源を使って、物体を転移させることができることを…、アオスト」

「えー、光源同質の法則?」

「はい正解。大陸はこの発見から、躍進を遂げた。国家間の…」



 教員の視線はすぐに黒板に戻り、話を続ける。

 そんな僕にも、苦手なことはある。これは僕に限った話ではないが。


 それは、今も現在進行形で行われている講義、魔法学だ。


 魔法学の最初の講義は興奮したものだった。それこそ、魔法を極めようと息巻いていたくらいだ。すぐに現実の非情さに気がついたが。


 この世界は、産業革命ではなく魔法革命が起きた。電球より明るく安全な光魔法で室内は照らされており、蒸気機関より早くて便利な転移魔法で大陸間も自由自在だった。。

 時代は進化し続け、魔法学も発展していった。魔法を道具に固定する技術ができてからは、魔法を使う機会さえ減った。ボタンを押せば照明はつくし、転移所に行けば、誰でも転移することができる。魔法は特別なものではなく、日常の一部だった。



 つまり、魔法学の授業は地獄だった。魔法の起源や発展、理論や分類などを永遠に語る歴史の講義。実践的なことはほとんど教えてくれない。魔法を使うには、厳しい規制や条件があって、自由に楽しめるものではないのだ。

 つまり、めちゃくちゃめんどくさい。 魔法を使いたいという気持ちも次第に薄れていった。それどころか、僕は未だに魔法を使ったことがない。魔法を捨てて、自分磨きをしたくもなる。



 四百四十三万年もの長きにわたる魔法学の歴史は、僕の眠気を誘うだけだった。


 僕は窓の外を眺めながら、適当に時間を過ごした。



***

【魔暦593年07月01日16時06分】



「今日もつっまんない授業だったなぁ。社会に出て意味あんのかぁ?」



 放課後の教室。僕たちは、いつものように教室で談笑していた。

 ぼうと窓の外を見ながら、後ろの席で大きな声を張り上げている親友に返事をした。



「意味というよりも、一般常識として覚えておかないといけないのかもねぇ」

「そこがつまらない所なんだよなぁ。魔法の歴史なんて知らなくても、魔法は使えるわけだろ?」

「一般常識と教養の大切さは、言葉では表せられないよ、ルミ」

「その答えもつまらないぞ」


 どうやら、親友は魔法学について余程のストレスを抱えているようだ。魔力を多く持ち才能豊かである彼女だからこそ、知識を詰め込むだけの講義は退屈極まりないだろう。

 彼女は椅子にだらしなく寄りかかって、小さくつぶやく。



「明日もあるのかぁ。なあ、モニ。さぼんない?」

「お父さんに怒られるから、嫌よ」

「慎重なのはモニの美点だが、同時に短所でもあるぜ?」



 彼女の言葉を無視しつつ、僕も机に突っ伏した。

 サボりたいのは、こちらも同じだからだ。と言っても、成績優秀を誇っている僕は、一度のサボり程度では何ら問題はない。教員が村長である父親とつながっていなかったら、僕はいくらでもサボっただろう。父親に心配かけることだけは、僕の禁止事項だった。



 放課後の教室は僕たち二人しかいなく、誰に見られる心配もない。僕らはいつも、講義終わりに教室に残って愚痴を言い合っていた。



 後ろの席のルミ・スタウは僕の親友だ。太陽光が差し込む窓際で赤髪がキラキラと輝き、その美しさとは裏腹に気性が荒いことで有名だった。

 『暴力女』と呼ばれるほど手が出るのが早く、校内を恐怖の海に沈める問題児だ。気に食わない奴は男でも女でも関係なくぶっ飛ばす。彼女に近づく命知らずは、僕と教員以外いない。


 そんな彼女に、なぜ温厚な僕が付き合っているのかというと、僕も「彼女に近づく命知らずは、ルミと教員以外いない」と陰で言われるほど問題児とされているからだ。そんな自覚はないが。

 気に食わない奴は、男女関係なく論破し続けた。村長の娘で容姿端麗、成績優秀の僕に突っかかってる奴は多かったが、今となっては誰もいない。ついたあだ名は『暴言女』。

 因みに、僕たちのクラスの男子は全員、ルミか僕に泣かされている。


 僕と彼女が仲良くなるのは必然だった。冷静な僕と情熱なルミ。二人の相性は驚くほど良く、かなり長い付き合いになる。



 ルミは椅子を弾きながら立ち上がり、僕の前に立つ。右手には教科書が入っている鞄を持ち、帰る素振りを見せる。


「よし、そろそろ行くか」

「えぇ…、また行くの?」

「当たり前だ。ほら、立った立った」



 僕は嫌がるそぶりを見せながらも立ち上がる。めんどくさいが、ルミの活発的な性格はありがたい。彼女がいないと、僕は家に引きこもってしまうだろう。

 我ながら、良い親友を持ったと思う。不良と分類されても仕方がないが、楽しければ良いのだ。


 今日も僕たちは、夕方に学校を後にした。

 向かう先は、ヘルト村西部にある山、ロスト山。



 僕たち二人の最近の趣味である、異物探索だ。

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