03.アイデンティティがない3

【◾️暦◾️◾️0年07月01日06時30分】



 ヘルト村は、僕が今まで見たこともないほどの「The田舎」だった。

 目の前に広がるのは、木造の一軒家がひっそりと並ぶ光景だ。家々の間からは緑豊かな木々が顔を出し、時折川のせせらぎが聞こえてくる。人工物と自然が見事に調和した、美しい景色だ。


 都会生まれ都会育ちの僕にとって、この景色は圧巻だった。と、同時に、日本に向かう方法を探すという目的に、暗雲が立ち込める。



ーーこりゃあ、電車は通ってないなぁ



 バスすら通っているかわからない。二階建ての一軒家には車庫は見当たらないし、車道すら用意されていない。

 どうやって都心部に行けば良いんだ?


 立ち止まっている僕に、赤毛の少女が問いかける。



「それで、どこにいくの?」

「そうだな。とりあえず、人が一番集まる場所はどこかわかる?」

「うーん、大広場かなぁ。でも、こんなにあさはやいとだれもいないとおもうよ」

「そりゃそうか」



 少女によると、村の中心に大広場と呼ばれる場所があるらしい。日中には露店が沢山集まり、繁盛しているそうだ。少女も、買い物をしに何度か連れてこられた事があるらしい。


 赤毛の少女が僕を先導し、大広場へと向かうことにした。


 しばらく道を歩いても、景色は大して変わらない。

 アオスト家のような豪邸も見当たらない。皆、同じような家に住んでいる。人影は少なく、散歩をしている老人か、ランニングをしている若人しかいない。


 電柱に街区表示板があれば、ここがどこなのか一瞬で分かったものの、ヘルト村には電柱すらない。屋敷に照明やライトがあったことから、電気は普及している筈だが…。


 というか、街灯すらなかった。もしかしたら、想像以上に田舎なのかもしれない。


 僕は街並みから場所を推察することを諦め、人に聞くことにした。



 まともな人間に問いかけてはダメだ。こちらは三歳児。すぐに警察に通報されるに決まっている。それに、アオスト家に僕が外に出ていたことがバレてもめんどくさい。村長の娘だとバレたら厄介だ。

 適当に話を聞いてくれて、嘘をつかない都合のいい村人。


 

 花に水をやっている老人はダメだ。老人ネットワークは広く、すぐにバレてしまう。かと言って、若い人も警察に突き出しかねない。




 いや、いた。全ての条件に当てはまる男が、視界の奥で走っていた。


 小学校低学年程度の男の子で、汗を流しながらランニングをしている。鋭い目つきで全力疾走しているその姿は、まるでオリンピック選手だった。

 若いのにストイック。嘘もつけず、チクることもなさそうな生真面目さを感じる。よし、この子にしよう。



 僕は遠目でその少年を見つめながら、大きく手を振った。髪が軽く揺れ、肩に何度も当たる。後ろにいた赤毛の少女も、僕に合わせて笑顔で手を振った。



 目を軽く見開いた少年は、減速をしながらこちらに向かってきた。

 息切れをほとんどせずに立ち止まったことから、かなり鍛えられていることがわかる。



「おはよう。可愛いお嬢さん達。俺に何かようか?」

「どうも。お兄さんって、この村に来て長い?」

「変なことを聞くな。長いも何も、俺も君達もこの村育ちだろ?」



 その通りだ。ついに村人との会話に成功したことに興奮しつつ(赤毛の少女は除く)、僕は話を続けた。



「村の外に行きたいのだけれど。お兄さんは行き方知ってる?」



 「え、村長のこどもなのに?」と声をあげる赤毛の少女の口を片手で塞ぐ。少年はその様子に首を傾げる。

 少年の年齢は、5〜10歳だろう。娯楽の無さそうなこの村の中だけで過ごしているわけない。電車かバスか、はたまた自家用車には乗ったことがあるだろう。



「その歳で家出か?くくく。この村は田舎だから、そう感じてしまうのも仕方がないか。でも、パラス都心部にはテンイジョか、徒歩で行くしか方法はないぜ?」

「テンイン…、なんて?」

「テンイジョ。ま、15歳にならないと使えないから、俺も使ったことないけど」



 少年の聞き馴染みのない言葉に違和感を覚える。嫌な予感を覚えながらも、思考を続ける。

 テンイジョ?店員情報、いや、転院場?

  

 行ったことがないという言い回しから、『ジョ』は『所』だろう。


 テンイ、テンイ…、転移?


 転移所?

 場所を移す。ヘルト村から、パラス王国都心部に転移する場所?

 ワープということか?



 僕は冷や汗をかきながら、問いを続けた。

 脳裏に浮かんだ可能性を否定するように、少年に答えを求めた。



「今、西暦何年ですか?」



 自分の発言に、思わず苦笑する。映画やドラマのようなセリフだったからだ。タイムスリップした男が、街の人に声をかける一言目じゃないんだから。

 だけど、転生しているということは、それもあり得るということで。

 2026年と答えてくれ、と願いながら、少年の答えを待った。

 少年は、少し笑いながらこう言った。



「魔暦580年だけど」

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