第17話 おとなとこども
「ね~ちゃ~ん」
ごめん。
いつもよりもさらに脱力している声に、姉である陽葵はまったくと呆れた声を出しながら、買って来た風邪薬や冷えピタシート、ペットボトル飲料水、清涼飲料水、ドリンク剤、ゼリーなどが入っているビニール袋をベッドの傍らにある円卓の上に置いた。
陽葵のマンションから徒歩五分で到着するホテルにて。
ベッドの上で身体を横にしている碧に、陽葵は食欲はあるのか訊いた。
「ゼリーなら食べられそー」
「はい。じゃあ、起きて」
円卓の傍にある椅子に座った陽葵は、ビニール袋から桃のゼリーとスプーンを取り出して、ベッドボードと大きな枕に背中を預けて上半身を起こす碧に手渡した。
「ありがとー」
「こぼさないように食べなさいよ」
「うん」
「熱は測ったの?」
「三十九度」
「明日も下がらないようなら病院に行こう」
「病院きら~い」
「嫌いでも行くの。早く家に帰りたいでしょ」
「うん」
ぽやぽやほわんほわんと答えながら、ちびちびとゼリーを食べる碧の様子を見て、陽葵は本当に二十七歳なのかしらと思ってしまった。
(お酒に弱くて、たった一杯飲んだだけでも、次の日は必ず風邪ひくって。もう治ったと思ってたけど)
碧から、ヘルプミーと泣きつく電話が久々に来た時は、戦慄が走った。
もしや、堪え切れずに陽翔に何かしでかしたのではないかと。
けれど続けてすぐに、お酒飲んで風邪をひいたと聞いて、安堵したのだ。
(陽翔君に何かするって。本気で疑っているわけじゃないけど。恋は魔物。人を変えるし)
「ねえちゃん」
鼻をかんで丸めたティッシュをゼリーの容器と一緒にゴミ箱に捨てた碧は、陽葵から風邪薬と飲料水を受け取って飲み終えると、起こしていた上半身を布団の中に沈めては、陽葵を見上げて言葉を紡いだ。
「陽翔ちゃん。げんき?」
「ええ。元気よ」
「そっか。よかった………ねえ、ねえちゃん」
「なに?」
「何で、おとなとこどもって区別するんだろうね」
「こどもはまだまだ色々知らないことが多くて、対応できないことが多くて、守る必要があるからよ」
「おとなだって、そんな、おとなじゃないのに」
「でも、こどもの頃よりは、色々知って、色々対応できているでしょ。できないことが多いかもしれないけど」
「………うん。わかってるけどさ~。そんなさ~。壁を造らなくってもいいんじゃないかな~って。おとながさこどもにさ、こどもがさおとなにさ、好きだ~って伝えるのが、いけないことなのかなって、とってもわるいことだって怒られることなのかなって。思っちゃうんだよね~」
「好意を利用して罪を犯す人がいるし。まあ、守るためよ。こどももおとなも」
「ん~~~」
「ほら。眠りなさい。今日は私もこっちに泊まってあげるから。事務所には電話したの?」
「うん。した。ねえちゃん。ありがと」
「復活したら、パフェ食べ放題に連れて行きなさい」
「うん。ん。おやすみ」
「うん。おやすみ」
陽葵は結菜にラインをして、おでこに冷えピタシートを貼ってあげた碧が眠りに就いたのを確認して、シャワー室へと向かったのであった。
職場から家と薬局に寄ってホテルに来たのだ。
着替えなど自分の必要な物は揃っていた。
(シャワーから上がったら、買って来た夕飯を食べよう)
サンマ弁当だった。
(2023.11.1)
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