第10話 君と俺と僕




 後ろから身体を持ち上げて、前後に揺らして、わきの下を掴んだまま空中に飛ばすように放り投げて砂の山へと着地させた時の。

 あの、陽翔の、ぽかんとした顔。

 多分、一番無防備な顔。


「暗闇で見えないはずなのにさ~。すっごくキラキラ輝いてて~。ほら、眼鏡をつけていなかったから、隠れたところがない素顔がかわいくって~。胸にね。矢が突き刺さったんだよ~。本当にこんなことがあるんだね」


 きゃっきゃきゃっきゃ、はしゃぐ弟を放置して真顔になった陽葵は弟の横で正座になって、結菜にごめんなさいと言って土下座をした。


「今すぐに弟を家から。いいえ。陽翔君の住むこの県から追い出して二度と顔を見せないから安心して」

「え~。ねーちゃん。ひどいよ~」

「ひどくない。社会人として真っ当な判断よ。ほら。さっさと荷物をまとめて出て行きなさい。あ。ちょっと待って。GPSを持たせるから、肌身離さず常に持っていなさいよ。どこにいるのかきちんと把握しておく必要があるから」

「ますますひどいっ」

「社会人として真っ当な判断なの。ほら。さっさとしなさい」

「いやだしー」

「碧」

「もう。姉ちゃんってば、そんなに怖い顔をしないのー。大丈夫だって。ちゃんとわかってるよ。ぼくは社会人。陽翔ちゃんは中学生。おとなとこども。おとなはこどもと、こどもはおとなと恋をしてはいけませんって。陽翔ちゃんが大人になるまで、この恋は封印するってばもう」

「あんたにそんな常識があったことに驚いてるし、安心もしたわ。でもね。それとこれとは別なの。さっさと日本から出ていけ」

「ひどい!範囲が広まったよ!」

「なんなら地球から出ていけ」

「どんだけ弟を信用してないの!?」

「あんたのことは好きだけど、信用は全くできない。皆無」

「えー。じゃあ。どーすれば信用してくれるわけー」

「どうしても信用できないから、さっさと出ていけ」

「がーん。たった二人の姉弟なのにー」

「待って。陽葵ちゃん」

「結菜。止めないで。こいつを陽翔君の近くに置いておくわけにはいかないわ。また何をしでかすかわからないもの。いくら身体を支えていたからって、砂の山に叩き落とすなんて信じられないわ」

「だってー。一度だけでも破壊したら息抜きになるかなーって思ったんだよー」

「息抜きになるどころか、不眠になっちゃったでしょうが!!」

「それは本当に。ごめんなさい」

「まったく。しかも何でモデルの方でやったのよ」

「だって、モデルの俺が夢に出てきてたから、再現した方がいいのかなーって」

「あんた。モデルのアオだって、陽翔君に話すわけ?」

「話さないよ」

「何で?」

「その方が面白そうだし」

「ほら、結菜ちゃん。弟はこんなやつなの意味不明なやつなの。可愛がってくれるのは有難いけど、甘やかしたらダメ。絶対」

「うんー。でもー。はるちゃん。多分。意識していると思うのよねー。モデルのアオ様も、普段の碧ちゃんも。アオ様の方が強く意識していると思うけど。碧ちゃんと暮らして、いきいきしているもの」

「えーそうなんだー」

「そうそう。だから。うーん。不眠になったのは、すんごく困っちゃうし、碧ちゃん何しちゃってくれたのって怒ってるし、今日、病院にも行くけど。まだ、一緒に暮らしていていいと思うの。もちろん。碧ちゃん。はるちゃんにいかがわしいことしないわよね?」

「しない」

「したら、牢屋にぶち込む前に、あそこ、ちょん切っていいわよね?」

「いいよ」

「うん。なら大丈夫。ね。陽葵ちゃん。もうちょっとだけ、見守りましょう」

「………結菜がそう言うなら。うーん………私の家の全部の部屋に監視カメラをつけて、陽翔君に防犯ブザーを渡して。あんたは二度とモデルの姿で陽翔君に近づかないで。他にも色々対策を取ったらいいわ」

「やったわね。碧ちゃん」

「うん。ありがとう。結菜ちゃん」


 碧とハイタッチをした結菜は、じゃあ病院に行ってくるわねと玄関へと向かったのであった。


「姉ちゃん」

「んー?」

「ごめんね。心配させて。ごめんね。陽翔ちゃんのこと」

「………まったくよ」


 陽葵は碧の頭を両手でめいっぱいかき回したのであった。











(あのヤブ医者め。何が恋だよ)


 こっちはこんなに思い悩んでいるってのに。

 近くの心療内科・精神科に行った陽翔を診てくれた医者は、夢の内容を話して不眠だと訴えるも、ニヤニヤ笑顔でそれはもう恋ですな青春ですなと言っては、とりあえず適度な運動をして、栄養のある食事を取って、お湯に浸かって、弱い睡眠薬を出しておきますので、また来てくださいとのたまったのだ。

 もう二度と来ませんと笑顔で言ってこのマンションに帰って来たわけだが。


(顔も見たくないのに。恋だなんて………けど。まあ確かに)


 カッコよかった、ような、気が、しないでも、ない。

 陽翔は頭に敷いていたまくらを引き抜いて、顔に押し当てたのであった。











(2023.10.27)



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