第11話 陽翔とりんごの皮
言霊。
古代、発した言葉通りの結果が表れると信じられた神秘的な霊力のこと。
先生と呼ばれる職業に就いている人物ほど、その言霊の力が強いと噂されている。
近所の心療内科・精神科に行ってから、三日後。
これだ。
陽翔はあのヤブ医者が発した言霊のせいだと憤った。
あのヤブとは言え医者が恋だとのたまったせいで、あのモデルの夢を見るたびに、あのモデルの写真を目にするたびに、あのモデルの話題を耳にするたびに、顔が火照って、動悸がして、挙動不審に陥ることがしょっちゅうだ。
自発的なものではない。
他発的なものだ。
他者から植え付けられたものだ。
決して。
決して、身の内から芽生えたものではない。
だって、あんなやつに。
あんな、破壊衝動に身を委ねた犯罪者野郎に。
恋など。
『どうだ?壊した気分は?』
「っ」
ベッドに仰向けになって顔に枕を押し当てていた陽翔は、足をバタバタと動かしていると、客間の扉を叩く音が聞こえては、碧が入っていいか尋ねて来たので、どうぞと言った。
「あ。ごめんね。眠ってた?」
「いいえ。眠ろうとしてました」
「そっか。あのさ。これ」
陽翔が差し出されたものを上半身を起こして見つめると、赤いリボンのような物体がうねうねと曲がりくねって皿の上に置かれていた。
「何ですか?」
「りんごの皮。あのね。りんごの匂いって、安眠効果があるって。あ。りんごは冷蔵庫に入っているから、明日の朝にでも食べて」
「はあ。ありがとうございます」
陽翔が皿を受け取ると、碧はえへへと笑い、じゃあおやすみなさいと言って客間から出て行った。
「………あの人、包丁をちゃんと扱えたのか」
りんごの皮を持ち上げてみた。
すんごく薄くきれいにむけていた。
「………あの人、ちゃんと他人に気配りできたんだ」
陽翔は枕元にりんごの皮が乗った皿を置いて、枕を頭の下に置いて、目を瞑った。
一度も起きずに起床時間まで眠れるかもしれない。と思った。
(2023.10.28)
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