7話 知りたいこと

 一度狩猟道具を置いてくると告げたヴィドは、粗末な木造の小屋に入り数分してから出てきた。服装は一切変わっていないが、弓矢を置いたことで猟師の雰囲気は薄れた。

 その間、わたしも簡単な浄化魔法を使って、全身のにおい取りをしておく。直接クイールに触れたわけではないから、大してにおわないとは思っているけれど、もし狩りの現場に同行したのだと知られたらメイド長のハンナにどんな小言を言われるかわかったものではない。城に入る前に、改めてきちんとした浄化魔法をかけておいたほうがよさそうだ。


「お待たせしました。行きましょう」

 前はヴィド、少し後ろにわたしの並びで再び歩き始めた。大きな彼の背中は存在感があり、見ていると安心する。

「そういえば、ヴィドは何歳なの?」

 ふと思いうかんだ疑問をぶつける。彼は振り返ることなく歩みを進めながら、応えてくれた。

「二十七歳です」

「えっ、そうなの? もっと、えーっと、ベテランだと思っていた」

 わたしが言葉を濁したのを察したのか、ヴィドが苦笑いする気配がする。


「気を使っていただかなくて大丈夫ですよ。老け顔であることは自覚しているので。他の人からもよく言われます。十歳くらい年上に見えると」

「うーん。そこまではいかないと思うけど。でも、落ち着いてるし、狩猟の腕もすごいから、百戦錬磨! っていう感じはするよ」

「ありがとうございます」


 彼の声音からは、本心から感謝しているのか否かは伝わりにくい。彼はわたしの疑問には丁寧に答えてくれるし、色々と話もしてくれるけれど本音をさらけだしてくれてはいない。初対面相手の対応としては普通かもしれないが、わたしはもっと彼のことが知りたいと思い始めていた。


「ヴィドはいつから、猟師の仕事をしているの?」

「仕事としては、十歳のころからです」

「十歳?」


 即答された年齢に、思わず目を瞬かせる。確かに徒弟制度で引き継がれる専門職は、幼いころから技術を学ぶケースが多い。しかしそれはあくまで勉強のためであり、本人がお金を稼ぐ、つまり仕事として成り立たせるにはかなりの年数を要するはずだ。十歳で独り立ち、というのはあまりにも早い。


「まあ、そのころはさすがに父親の後をついて回っているだけでしたが。元々目が良かったので、獣を仕留めること自体に問題はなかったのですが、獣道の歩き方に慣れるのに苦労しましたね。ただ俺が射止めたクイールは俺が売っていいことになっていたので、既にそのころから俺自身の収入はありました」

「そうなんだ。ヴィドはもともとクイール専門の猟師なの?」

「はい。稼ぎが厳しいときは他の動物を狙うこともありますが、大抵の場合クイールの売り上げだけで食べていけます」


 ヴィドは簡単にいうが、猟師というのがそんなに生易しい職業ではない。森の中には危険が多く、一年間無事に過ごすには頑丈な身体と精神力、さらに森に適応するための経験が必要だ。クイール一頭を狩るのにも何日もかかる猟師もいれば、高頻度で捕まえられる猟師もいる。そんな話を、お兄様から聞いたことがある。ヴィドは間違いなく、恵まれている方の猟師であるに違いない。


 そんなことを考えている間にも、ヴィドはすたすたと森の出口へと歩みを進めている。「加速」の術を使っているわけではないのに、かなり速い。今から市場に行ったら夜になってしまうんじゃないかと思っていたが、この速さなら夕方までに行って戻ってこられるのかもしれない。


「ヴィドの家はどこ? 町中に住んでるの?」

 ふと気になって問いかける。猟を終えて市場に獲物を卸して終わりなら、市場の近くに住んでいたほうが便利そうな気がする。しかし、そんなわたしの予想に反してヴィドは首を横に振った。

「いいえ。町中では、俺は獣臭くて敬遠されるでしょう。俺の家は先ほど見ていただいた小屋です」

「えっ、あそこ?」


 思わず声が出てしまう。小ぶりな小屋は粗末な作りで、てっきりヴィドの仕事部屋兼物置程度の施設なのだと思っていた。まさかあんなところに寝泊まりしているとは。彼は声をあげて笑う。振り向いた笑顔が思いがけず少年のように純粋で、少しどきっとする。


「王女様から見れば犬小屋か何かのように思われるかもしれませんが、きちんと衣食住は済ませられるんですよ。俺が一人で暮らしていくには充分です」

「そっか」

 彼の笑顔にまだ動揺していたわたしは、ふと、彼が王宮に住んでいたらどうだろうかという想像をする。獣のにおいが染み込んだ服を着ている彼がハンナに見つかったら、速攻で風呂に入れさせられるだろう。ちょっと老け顔ではあるけれど、綺麗な目をしているし何より大柄だ。きっと身体を洗ってきちんとした服を着たら見栄えがするだろう。


 ぼんやりと彼の姿を目で追っていると、ヴィドは立ち止った。右手でこちらを制しつつ振り返った。


「もうすぐ森の外に出ます。王女様は、この辺りから隠密の術を使われたほうがよいでしょう。その後は会話ができなくなりますので、俺が市場での売買を済ませたら王宮までお見送りします。大丈夫だと思いますが、遅れずについてきてください」

「わかった」

 ヴィドが歩くのが速いのはもうわかっている。しかし、わたしの歩く速度もまずまずだ。もし本当に見失いそうになったら加速の術を使えばいい。雑踏の中、人にぶつからず加速と隠密を併用するのはお手の物だ。


 素早く歩いていくヴィドの後をついていきながら、わたしは先ほど見た狩りのことを思い返していた。


(ヴィドの弓、ううん。弓を引くヴィドはきれいだった。いつまででも見ていたくなるくらいに)


 わたし付きのメイドのアンリは、集中している男性はかっこいいとことあるごとに口にする。それは、お父様の護衛騎士の訓練を見るときなどによく発せられるのだが、わたしにはあまりぴんときていなかった。その意味が、今日ようやくわかった気がした。


(確かに、あれがかっこいいっていうことなのかも)


 先ほど見せてもらったばかりなのに、もうまた彼が弓を使うところを見てみたいと考えているわたしがいる。こんなにわくわくした気持ちになるのは、はじめてだ。


(あんまり狩りの素人が頻繁に会いにいったら邪魔になるかもしれないけれど。それでも時間ができたら、また見に行こう)

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