6話 ケガレの仕事
狩りについて不案内なわたしでも、ヴィドの手際がよいことは感じられた。悩むそぶりが一切ない。一頭のクイールはあっというまに角と皮と肉と骨に切り分けられて、きれいに並べられる。すっと立ち上がったヴィドは腰から二つの袋を取り出した。麻布で作られていると思しき質素なものだが、わたしはそこからわずかな魔力を感じた。
「拡張魔術が仕込まれた麻袋?」
「ええ、よくお分かりですね」
「うちの家系は、魔力の反応に敏感だから」
わたしは大きく胸を張る。隠密の術を身につけるうえで、魔力の反応は見逃せない。たとえ完璧に姿を隠していたとしても、敵対する者の魔法が仕込まれている空間に足を踏み入れたら姿が筒抜け、というリスクもあるからだ。
「そうでしたね。失礼しました」
当然、王国民もそのことは知っている。ヴィドは苦笑しながら頭を下げる。しかしすぐに解体したクイールに向き直り、袋に詰め始めた。
「猟師にとって一番ネックとなるのが、仕留めた獲物の持ち運びです。拡張魔術の開発と改良は、俺たちにとって大きな革命でした。見た目は小さな袋のまま、大きな獣の角や骨を持ち歩くことができるようになりましたから。それまでは必要最低限の部分だけを持ち帰り、残りは野獣の餌にするしかありませんでしたが、今は全ての部位を無駄なく使えるようになっています」
「そっか。だから全部を持ち帰るんだね」
ヴィドは角と皮をひとつの袋に、骨と肉をもうひとつの袋におさめている。見ている限り置いて帰ろうとしている部位はない。
「ええ。クイールは捨てる部分がありませんから。角はお守りや装飾品、皮は防寒具、骨は小さいものは出汁が取れますし、大きいものなら加工して矢尻にすることができます。もちろん肉は王国の主要な食糧源となっていますね」
「まあ、野生獣の肉はそうそう手に入らないから、貴重品だよね。王宮では干し肉にして保管してあるけれど、一般家庭ではたまのぜいたくか食料難の年の非常食くらいでしか、食べられないでしょう?」
「おっしゃる通りです。王女様は庶民の生活事情にも詳しいんですね」
「国民の生活状況を確認するのも、王族の大切な仕事だから」
胸を張るわたしを一瞬みやり、ヴィドは再び作業に戻る。
「王国の未来は明るいですね」
「そう?」
「王女様のような方が国を治めれば、俺たち庶民は安心して生活することができるでしょう。もちろん、今の王様に不満があるわけではありませんよ。未来も安心できる、という意味です」
思いがけないほめ言葉に、わたしは一瞬答えにつまる。思えば市井に降りて人々の様子を観察する際はいつも隠密の術を使っていたから、人々と直接言葉を交わして、わたし自身に対する評価を聞いたことはなかった。
「でも、たぶん次の王の座につくのはサイレンスお兄様で、わたしじゃないと思うよ」
「そうなんですか? でも、オルセン王国は長子相続ではないでしょう。まだ次期国王の指名はされていないと記憶していますが」
一介の猟師に過ぎないはずなのに、ヴィドはずいぶん国の状況に詳しい。それともわたしが鈍感なだけで、国民は次期国王について強い関心を抱いているのだろうか。あまり彼に王宮の内情を話すわけにもいかないが、何となく彼なら先入観なく話を聞いてくれるような気がする。
「サイレンスお兄様は、頭がよくて外交も得意だから。わたしはお兄様みたいに、広く物事を考えることができないし、魔法も大規模なものは苦手。そそっかしいところもあるし、どっしり構えてないといけない王様なんて向いていないよ」
「そうでしょうか」
片づけを終えたヴィドは二つの布袋を持ち立ち上がった。
「俺が知るかぎり、猟師の仕事を直接間近で見学したいと言い出したのはあなたが初めてです。ケガレに触れる仕事ですからあまり気乗りはしませんでしたが、王女様に仕事を見ていただけるというのがやる気になったのは確かです」
「よかった。邪魔にだけは絶対になりたくないって思っていたから」
「王女様の隠密は完璧でしたよ。俺くらいの歴がある猟師なら『何かがいる』くらいはわかるでしょうが、ひと一人がいることまでは把握できませんでしたから。普通の人間や野生の獣であれば、存在に気づくことすらできなかったでしょう」
「そっか」
わたしは大きく胸をなでおろす。最初ヴィドに見抜かれた時はひやりとしたが、クイール狩りの邪魔になるレベルではなかったと彼の口から聞けて安心した。
「ともかく、王女様のように庶民に寄りそう姿勢がある王族の方がいらっしゃるというのは、俺たち庶民にとっては励みになることです。王族の方々のために頑張ろうと思えますから」
「そうなんだね」
わたしは単に自分の好奇心だけで、ヴィドに会いに来たが、思いがけず歓迎してくれるのは嬉しかった。そこでわたしは、そもそも彼のことを知るきっかけになった宝石のことを思い出した。
「さっきから、ヴィドはこの仕事をケガレに触れる仕事だって言ってるけど。クィルダイトはクイールの心臓からとれる宝石なんでしょう? それを手に入れる仕事をしている猟師がケガレだなんて、わたしには思えない」
「鋭いことをおっしゃいますね」
ヴィドは苦笑いを浮かべる。
「確かに、クィルダイト自体が獣から得られる宝石であることから、ケガレの塊として忌み嫌う人もいますね。しかし、それ以上に先ほど述べたクィルダイト生成の経緯にロマンを感じられる人が多いのです。庶民は、耳ざわりのよいストーリーをより好む傾向にありますから」
「わたしたち王族も同じだね。むしろ王族の婚礼道具にクィルダイトを使うことで、積極的にその説を流布しているかもしれない」
「ええ、それは否めませんね」
大真面目に頷くヴィドは、はっとした表情をして話を変えた。
「それはそれとして、俺の仕事がケガレに触れるというのは紛れもない事実です。動物の命を奪い、血に汚れ、命と引き換えに生活の糧を得ているのですから。本来は、獣の血に触れた人間が王女様の前に立つことなど許されないのです」
「いいって。何度も言うけど、わたしが望んでついてきたんだから。それに、今のヴィドは血で汚れているわけじゃないじゃない」
「言葉の綾です。罪のない野生動物を手にかける仕事というのは、決して歓迎されるものではありません。時折、クィルダイトという貴重な宝石を手に入れることもありますが、基本的に市場で好まれる人間ではないのです」
ヴィドはそういうが、わたしにはどうしても、彼の仕事がケガレに触れるとは思えなかった。確かに、動物を殺す行為に眉を顰める人はいるだろう。しかし、クイールを仕留める際の彼の一連の所作は美しかった。それに、ヴィドは趣味でそれをしているんじゃない。生きるため、生活の糧として狩りをしているのだ。獣を仕留めるというだけで好まれないというのは、納得がいかない。
わたしが不満気な表情を浮かべているのを見てか、ヴィドは再度苦い笑みを浮かべた。
「信じていらっしゃらないようですね。それでは俺が市場にクイールを卸すのまで見ていかれますか。もちろん、その際は隠密を使っていただくので、言葉を交わすことはできませんが」
「うん、行きたい」
彼の提案に即座に頷く。わたしはヴィドについて、もっと詳しく知りたいと思っていた。他の人と話す様子を見たら、彼のことがよりよくわかるかもしれない。
「では、行きましょうか」
「うん!」
歩き出すヴィドの三歩後ろを、わたしは軽い足取りでついていった。
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