4話 クイール狩り①
「お礼、ですか」
面食らった様子のヴィドに、わたしは大きく頷いてみせた。
「そう。特大のクィルダイトを、わたし宛にって献上してくれたのはあなたでしょう?」
胸元から小袋を引っ張り出して、中からクィルダイトの原石をとりだして見せると彼は得心したようにああ、と声を漏らす。
「確かに、それを王家に献上したのは俺です。しかしなぜ研磨せず原石を持ち歩いていらしゃるのですか」
「だってわたし、まだ結婚するあてがないもの。クィルダイトは原石のままでもお守りになるっていうから。小袋を細工して、首からかけられるようにしたの。宝石って重いものだと思っていたけれど、クィルダイトは軽くてびっくりしたよ」
メイドのアンリに手伝ってもらい、お父様からもらった小袋をちょっとしたポシェットのようにしたときには重さで隠密の腕が鈍るかもしれないと一瞬懸念した。でも、それは杞憂だった。確かな存在感はあるが、動き回るのに全く支障のない重さで、わたしの身体にすっとなじんだ。
「獣の体内で形成されるものですからね。あまり重くてはクイールの動きが鈍りますから」
「そっか」
猟師というのは人慣れしておらず、不愛想なイメージがあった。確かにヴィドはその例にもれず、精悍な顔立ちでちょっとだけとっつきにくい雰囲気がある。しかし彼はわたしの問いかけに、目を見て丁寧に答えてくれる。だから石を受け取った当初抱いていた疑問を、直接ぶつけることにした。
「なんで、お兄様ではなくわたしにくれたの? たぶんお兄様のほうが、結婚は早いと思うのだけれど」
「そうですね。王女様はクィルダイトがどのように形成されるか、ご存じですか?」
「マニーでいいってば。クイールの身体、心臓の近くに稀にできる宝石だっていうことは知っているけれど」
「ええ、おっしゃる通りです」
わたしのあだ名呼び要求を完全に無視して、ヴィドは首を縦に振る。
「より正確に言うと、クィルダイトは出産経験のある老齢の雌のクイールにのみ現れます」
「そうなの?」
「はい。出産を終え、成熟期を過ぎた雌のクイールは、加齢とともに女性ホルモンが減少していきます。本来ホルモン物質は体外に排出されるのですが、稀に排出が上手くいかずに体内に留まることがあるのです。それが心臓付近で固まり結晶化したものが、クィルダイトと呼ばれる石です」
初めて聞く話に、わたしは目を瞬かせた。
「知らなかった。じゃあ、クィルダイトは、クイールの女性ホルモンの塊ってこと?」
「身もふたもない言い方をすれば、そうなります」
わたしの確認を即座に首肯したあと、ヴィドは苦笑いを浮かべる。
「生々しい事情は置いておくとして。ともかく出産をしたうえで長生きをした雌のクイールから採れるということで、クィルダイトは古来女性の安産や長生きの象徴とされてきました。ゆえに結婚相手の女性にクィルダイトを贈ると縁起がよいということで、珍重されるようになったのです」
「だから、結婚指輪としてクィルダイトが選ばれるのね」
「ええ。老齢な雌のクイールの頭数は多くありませんから。一頭から採れるクィルダイトの量もわずかです。そんな小さな石を加工してできる宝飾具としては、やはり結婚指輪が王道になるでしょう」
ヴィドの話には納得しつつ、最初の疑問にはっきり答えてもらえていないことに気が付いた。
「それで? なぜヴィドはわたしに、この石をくれたの?」
「今お話しした通りです。クィルダイトは、男性よりむしろ女性に幸せをもたらす宝石。であるならば大きなクィルダイトは、現王族で唯一の女性であるあなたにお持ちいただくのがふさわしいと思ったのです」
「そっか。市場に卸そうとは考えなかったの? これだけの大きさのクィルダイトなら、高値で売れたと思うけど」
商人たちの会話を思い出しながら問いかけると、ヴィドは首を横に振る。
「あまり大きなクィルダイトは、加工が難しく値も張るので、庶民の市場では出回りません。盗難の危険も高いので、普通の卸問屋ではまず引き取ってもらえないでしょう。この大きさであれば、王族の方に献上するのが最も安全な方法です」
「なるほどね」
わたしは頷きつつ、取り出していたクィルダイトを撫でた。女性の幸せを願う宝石。男性から贈られると幸せになれるとされるこの石に、そんな由来があったとは知らなかった。
「今の話だと、ヴィドがわたしにプロポーズしているみたいにもとれるけど」
「そんなことはありえません。一介の猟師が王女様にプロポーズなど。あくまで俺が王女様に差し上げたのは『献上』という形ですから。相応しい結婚相手が見つかったときに、貴方に合う宝飾具に仕立てていただければ満足です」
からかい交じりの問いかけは、きっぱりと否定されてしまいちょっとがっかりする。もう少し慌ててくれたら面白いのに。ヴィドは、かなり真面目な性格のようだ。でも、だからこそ固い言動が崩れた時の彼の様子が見てみたい。初対面の王族相手にも物怖じせず、色々と説明してくれる彼の話は面白い。クィルダイトをくれたお礼を言って顔を見て帰ろうと思っていたけれど、もう少し言葉を交わしてみたくなっていた。
「ヴィド。今森にいるっていうことは、狩りの途中だったんでしょ? あなたの狩り、近くで見せてもらってもいい?」
わたしの提案に、彼はわずかに眉をひそめた。
「おっしゃる通り狩りの途中ではありましたが、お断りします。狩猟とは獣を死に至らしめる、ケガレの行為です。王族の女性である貴方が近づいてよいものではありません」
「でも、お兄様は時折狩りに出かけられるし、森の入り口まではわたしも一緒に行っているんだよ。仕留めた獣も近くで見ている。倒す瞬間を見るのと、倒された直後を見るのではそんなに差がないと思うんだけど」
即座に断られたので内心焦ったけれど、なんとか言葉をひねり出して食い下がる。ヴィドは逡巡するように視線を上に向けた。
「クイールは人の気配に敏感です。森を歩き慣れていない人間の足音などすぐに察知して逃げられてしまいます。複数人で追うのは好ましくありません」
遠回しに、わたしがいると狩りの邪魔になるといいたいのだろう。しかし、それに対しては反論の言葉は用意してある。
「わたし、隠密の腕はちょっと自信があるんだ。さっきヴィドに見破られたときはびっくりしたけど。王家の人にもなかなか気づかれないんだよ。どうかな、隠密を使いながらヴィドの後をついていったとして、クイールはわたしの存在に気づくかな?」
「それは……」
言葉に窮したヴィドは視線をさまよわせてから、再びわたしと目を合わせる。おそらくわたしの目はわくわくして輝いているだろう。彼は、困ったように息をついた。
「木や小枝にぶつかって大きな音を立てない限り、見つかることはないでしょう」
「なら決まりだね」
わたしは思いっきり口角を上げてヴィドを見上げる。
「絶対に狩りの邪魔はしないから。後ろからこっそりついて行って見るだけ。ヴィドは私のことを気にせず、狩りに集中して」
「……わかりました」
観念したように彼は答えた。手に持っていた弓を背負い、わたしに背を向ける。
「危険なときはそう言いますので、すぐに逃げてください。ご自身の御身を一番にお考えください」
「わかった」
歩き出すヴィドから四、五歩離れてあとをついていく。初めて見る狩りの現場がどのようなものなのかわくわくしつつも、隠密の術を使うことは忘れなかった。
(「隠密」)
これで上等だ。木にぶつからないように気を付けながら、ゆっくりと歩を進めていった。
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