3月1日

黒潮梶木

第1話

3月1日、この日はあなた達にとって終わりであり始まりの日です。世話になった担任が、やたら乾いた声で言った。これまでやたらうるさかった同級生も、今日のこの時間だけは静かだった。

「卒業式終わったら校門前集合な。」

仲のいい友から声がかかる。見飽きた笑顔を鼻で笑った。先生が立ち上がると、皆も息を合わせゆっくりと立ち上がった。肩に強く重力がかかる。まるでこのままでいてくれと言ってるようだった。しかしそんなものを置き去りにして教室を後にした。

やたら綺麗に飾り付けられた体育館に関心が隠せなかった。視界の片隅にあるいつもは気にしなかった壁の汚れを、今日だけは何故か気にしてしまった。そんなことを気にせず時計の針は真っ直ぐに前を向き号令をかけながら進んでいった。親たちのざわめき、先生の駆け回る足音、久々の感覚に懐かしさを覚える。それと同時に、すべて終わりという初めての感覚が身を切りつけた。静粛に。華やかなクラシックの流れる体育館は校長の一言で静まり返った。

その後のことはあまり覚えていない。クラスごとの呼名のシーンでふざけるやつや、涙を流すやつもいたらしいが、俺にとってはただ眠たいの一点張りだった。そして気がつけば会は終わり、真っ赤なレッドカーペットの上を胸を張って歩いていた。クラスに戻るとそこにはいつもの騒がしい風景が広がっていた。

先生のありがたい言葉なんて聞く気にもなれない。しかし3月1日という特別な日のせいか、水が布に染み渡るようにあいつの声が自然と頭に響くのだった。さっきまで笑っていた友も、いまは目がうるんでいた。

先生の性にあわない話が終わり校門へ行くと、スマホを手に持つ同級生が集まっていた。仲間たちの声と春風が集まり、少し気温が上がっているように感じた。さっきまで泣いていた友達も今は無邪気に笑っている。さっき泣いてただろ、少しからかってみるとそいつはオドオドとしながら言い訳を重ね、最終的に逃げていった。面白かった。みんなで笑った。その時、最後という言葉が脳裏に浮かんだ。みんなで笑うこと、みんなで楽しむこと、そんな当たり前だった日々もう来ないことを、この時初めて痛感したのだ。

「最後か…。」

言葉にした瞬間、頬を涙がつたった。みんなが俺を見る。俺を笑うのだろう。そう思ったが結果は違った。皆、目をうるわせはじめたのだ。

「なんでそんなこと言うんだよ!」

「そうだ!最後なんてねぇ!」

そう言われ頭を強めに叩かれた。泣きじゃくる男たちは華やかな会場に似合っていない。少し恥ずかしい。しかし気分は悪くなかった。最後じゃない。友の言葉でそうわかったのだから。次はもっとお金を使える大人になって。恋人を連れて。子供を連れて。また会える日を楽しみにしていよう。皆で肩を組み、シャッターをきった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

3月1日 黒潮梶木 @kurosiokajiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る