第47話 彼の秘密
翌日の十五時。
アンナは約束通り、貴族街にあるクライトゥール公爵家を訪れていた。
子供の頃に住んでいたラディウス男爵邸もそれなりの邸宅ではあったが、流石公爵邸というだけあってそれよりも遥かに敷地は広く、外観からでも分かるほどの格式の高さに圧倒され、格が違う世界にアンナは門の前で二の足を踏んでいた。
(明らかに、私、場違いよね……)
訪ねる先は庭師のジェフなので公爵家自体に招かれている訳ではないのだが、それでもこの邸宅の豪華さに本当にここに来て良かったのかと不安になった。
アンナは立ちすくみながらも改めて正面からクライトゥール公爵家を眺めると、ふと、古い記憶が脳裏によぎったのだった。
(そう言えば……私、子供の頃に一度だけここに来たことあるわね……)
その昔、公爵が自分の息子と同じ歳の貴族の子供を集めてガーデンパーティーを開催した事があったのだ。
アンナの家は男爵家と爵位は低かったのだが、当時父親の仕事の都合でたまたま王都に滞在していた為、公爵の息子の同じ歳の子という理由だけで、数合わせ的に招待された事があったのを思い出したのだった。
「貴女が、アンナか?」
門の前でアンナが一人戸惑っていると、ガタイが良く凄みのある初老の男性が門の中から話しかけて来た。
その格好や、エヴァンが言っていた只者ではない貫禄という感想から、この人がジェフだと確信した。
「はい。私がアンナです。貴方がジェフさんですね?ルーフェスから貴方を訪ねるように言われました。」
「聞いている。今からあの子のところへ連れて行くが、こっから先は絶対に何も喋るな。黙ってついてこい。」
彼のただならぬ雰囲気に圧倒されると、アンナは黙って頷いて、彼に従ったのだった。
ジェフは門を開けてアンナを庭へ招き入れると直ぐに歩き出したので、アンナは慌ててその後を追い、彼の後ろを言われた通りに黙って付いて歩いた。
途中公爵家の使用人達とすれ違うと、彼らの何人かが物珍しそうな視線を向けてアンナに声をかけてきたのだが、ジェフの言いつけ通り、彼女はそれらを全て黙ってやり過ごした。
そうやってジェフの後を暫く歩いて、アンナが連れて来られた場所は、立派な公爵家の応接室……などではなく、人気のない敷地内の端っこに建てられた、小さな小屋の前だった。
アンナをここまで連れて来ると、ジェフは何も説明なく「ここだ。」と一言だけ言ってその場から立ち去ってしまったので、アンナは何も分からないまま、小屋の前に一人取り残されてしまった。
仕方がないので、アンナはとりあえず小屋の周囲を見渡してみた。
流石公爵家だけあって庭園には四季の花々が綺麗に咲き乱れている。丁寧に手入れが行き届いている素晴らしい庭だと一目で分かるのだが、アンナは何故かその風景に懐かしさを覚えた。
しかし、それが何故なのかは思い出せないので、一旦その事は忘れて、アンナは小屋のドアに向き合うと、慎重にノックをした。
このドアの向こうにはきっと彼が居るのだろう。そう思うと緊張で手に汗が広がった。
コンコン
乾いたノック音が響き渡ると、その音に反応して、中から「どうぞ。」と声がかかったので、アンナは意を決してゆっくりとそのドアを押し開けたのだった。
「来てくれてありがとう、アンナ。」
部屋の中で待っていたのは、想像していた通り、ルーフェスだった。彼はアンナの姿を見ると安堵の表情を浮かべていた。
「ルーフェス、ここは……?」
「ここは、僕の家だよ。」
それはベッドと小さな机と椅子、それから棚が一つあるだけの殺風景な部屋であった。
「エヴァンから聞いた。一昨日、中央広場で僕と良く似た人と会ったんだって?だからあんな変な質問したんだね。」
「そうよ、私は貴方を見かけたし話しもしたわ。」
「でもそれは、僕じゃない。」
「え……?」
ルーフェスの言葉に戸惑って、アンナは思わず聞き返してしまった。
この説明にアンナが困惑するであろう事は想定済みだったので、ルーフェスは冷静に話を続けた。
「と、言っても信じてもらえないだろうと思ったから、だからこうして来てもらったんだよ。ちょっとこっちに来て。」
彼はそう言うと窓の方へ移動して、アンナを手招いた。
不思議に思いながらもアンナも彼に従って窓際へと移動すると、ルーフェスはカーテンを開けて彼女に窓の外を見るように促したのだった。
「アンナ、窓の外を見てみて。ここから本邸が見えるだろう?」
「えぇ。」
言われた通りに窓の外を覗くと、確かに庭の生け垣越しに邸宅の端の方が見えた。
「二階にテラス席があるの……分かる?」
「ん……うん。多分あれよね。」
促されて注意深く見るも、距離が離れているので、二階のバルコニーにテラス席がある事はなんとなく分かったが、そのテーブルセットに座っている人の顔までは判別できなかった。
「ではこれで、そのテラス席を覗いてみてくれないか。」
そう言って、ルーフェスはアンナに望遠鏡を手渡したのだった。
一体何を見せたいのか、何故このような覗きの真似事をさせるのか全く分からなかったが、アンナは言われた通りに素直に従って、望遠鏡を覗き込んだ。
そして、自分の目を疑った。
「嘘……?!」
覗き込んだレンズの先には、ルーフェスと全く同じ顔があったのだ。
そしてよく見るとその隣には先日見かけたリリィと呼ばれた女性が座っていて、二人は華やかにアフタヌーンティーを楽しんでいるようだった。
「僕は……双子なんだ。」
その声にハッとして、ルーフェスの方を振り向くと彼はバツが悪いと言った顔で立っていた。
「信じてもらえた?」
いつもの様に、柔らかく微笑みかけてくれるけれども、その瞳はどこか悲しげに見えた。
「うん……」
アンナは彼の目を見つめ返すと、そう答えるのか精一杯だった。
正直に言って、急に増えた情報に頭の整理が追いつかず混乱していた。ルーフェスが実は双子で、しかも公爵家の人間だったなんて、簡単には受け止められなかった。
けれども、彼のこの告白が、アンナの心を救ったのだった。
あの日アンナを拒絶した人物は、ルーフェスでは無かったと、その事実がはっきりと分かったことで、ずっと胸に刺さっていた棘が抜けたかのようにアンナの胸の痛みは軽くなったのだった。
「でもそれならそうと、何で言ってくれなかったの?」
「クライトゥール公爵の息子は後にも先にも一人なんだよ。この意味分かるかい?」
「半分くらいは、なんとなく。」
ルーフェスは一つしかない椅子をアンナに座るように勧めると、自分はベッドに腰をかけて向き合って、それから、ゆっくりと淡々に語り始めた。
「平民の間では、あまり聞かないけれども、貴族社会ではね、双子って不吉なんだって。双子が産まれた家は過去に何度もよくない事が起こっているからだって。」
伏せ目がちに、ルーフェスは話す。
「だから、クライトゥール公爵は、僕達が双子で生まれた事を世間から隠したんだ。彼の息子はリチャードだけ。……まぁ、産まれた時に殺されなくてまだ良かったなって思うよ。」
「そんな……」
自嘲気味に笑う彼に対して、アンナはかける言葉を見つけられなかった。
「産まれたときから今の今まで、公爵家の子供は息子一人で、他には居ない。つまり、公爵に他にも息子が居るという事実は外に漏れたらいけないんだ。あの人は本当に恐ろしい人なんだ……。だから、アンナには僕がこの家を出て公爵との縁が切れるまで、この事は知って欲しくなかったんだよ。」
そう話すルーフェスは、アンナと向き合っては居るが、彼女を面倒事に巻き込む負い目から目線を合わせず、申し訳なさそうな顔をしている。
「君を余計な事に巻き込みたくなくて、今まで黙っていたんだけど、でもそれより、君に誤解されたままの方が嫌だって思ってしまったんだ。打ち明けたのは僕のエゴだよ、巻き込んでしまってごめんね。」
そう言って彼は深く頭を下げた。それから顔を上げると、彼はやっとアンナと目線を合わせて、悲しげに微笑んだのだった。
「謝ることなんて無いわ。教えてくれてありがとう。私もあのまま何も説明もなく誤解したままだったら嫌だったわ。」
アンナはルーフェスの告白に心を痛めた。そして彼の過酷な身の上に寄り添い、彼の苦しみを少しでも癒したいと思ったのだった。
それから、その様な大事な話を、自分に打ち明けてくれた事に動揺もしていた。
それはまるで、アンナに嫌われたくないと言う想いが、彼にとって何より尊重したい事であると言っている様なものだったからだ。
アンナは目の前に座るルーフェスに何か言葉を掛けたかったが、上手い言葉が見つからない。慰めるのか、励ますのか。何が適切なのか分からないでいた。
「ねぇ、ルーフェスの事をもっと教えて?」
何が正解であったかは分からないが、とりあえず思いついた言葉を彼に投げかけてみたのだった。
純粋に彼のことはもっと知りたいと思っていたのもあるが、自身のことを話す事で、彼の慰めになるのでは無いかと思ったのだ。
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