第48話 幽居の公子
「そうだな……何から話せばいいかな……」
貴方のことを聞かせて欲しいという、いきなりのざっくりとした質問内容に、ルーフェスが戸惑っていたようなので、アンナは部屋の中を見回すと、もう少し彼が答えやすいように具体的な内容に質問を変えたのだった。
「貴方は、ここで、この小屋でずっと一人で育ったの?」
殺風景で生活に必要最低限の物しか無い、“寂しい”というのが第一印象のこの部屋で、彼はただ一人で暮らしていたと言うのだろうか。そう思うとアンナは胸が痛くなった。
「うん、そうだね。物心ついた時から僕はここに一人で居たね。世話してくれる人、さっきのジェフと、もう一人ニーナっていう乳母が居たけれども、その二人の使用人以外はこの小屋の一帯には立ち入り禁止が言い渡されていて、僕もこの小屋と周囲の庭以外には絶対に出ないように言いつけられて居たから、僕はその二人しか知らないで育った。」
穏やかだけども、どこか悲しそうに彼は語り出した。
「でも、あれは五歳の時だったかな。ある時公爵家の家令が水晶玉を持って僕の小屋を訪ねて来たんだ。魔力測定器って言うのかな、その水晶玉に触れると魔力量に応じて光るんだ。魔力が高いほど、眩く発光するんだって。」
魔力のある人間は、王族と貴族の中でも高位貴族の一握りしか居ない。それは、貴族ではあるが爵位の低い騎士の家系のアンナには見たことも聞いたこともない話だった。
「それで、まぁ、僕が触れたら有り得ない位水晶玉が輝いたって訳。これは憶測ではあるけど、恐らく公爵は、この魔力測定で、僕かリチャード、使えない方を殺そうと思ってたんじゃないかな。」
そう言って彼は過去の出来事を嘲笑った。
子供の頃にルーフェスが殺されていたかも知れないと聞かされて、アンナは急に怖くなった。過去の話なのに、そんな事は絶対に嫌だと心がざわついた。
「でも、貴方たちは二人とも生きているわよね?」
内心の動揺とは裏腹に、アンナは話の腰を折らないように努めて冷静に訊ねた。
「そうだね。結果的にこの魔力測定のお陰で僕達は二人とも生き延びれた。僕には、尋常じゃない程の高い魔力がある事が分かり、リチャードにも希少魔法の回復魔法が使える事が分かったから。どっちも駒に使えるって思ったんだろうね。」
「駒ってそんな……」
「そうゆう人なんだよ。」
公爵が絡む話をする時のルーフェスは恐ろしく冷たい目をする。彼が相当公爵を憎んでいるのがその態度から十分に見て取れた。
「それで、この魔力測定の後、僕の行動範囲が少し変化したんだ。今迄はこの小屋に放って置かれていて、面倒はニーナとジェフが見てくれていたんだけど、その日以降、マナー講師やら、家庭教師なんかがやって来るようになってね、必要最低限だけど貴族としての教育を受けさせられるようになったんだよ。」
ここまで言うと、再びアンナの目を見てにっこりと笑って問いかけた。
「どうしてだと思う?」
しかし、アンナにはそれが分からないし推察もできなかったので、正直に「わからないわ。」と、答えるとルーフェスは続きを話した。
「リチャードは、希少な回復魔法が使えるけども、攻撃魔法が使えなかったんだ。」
それが何を意味するのか、魔法に縁のないアンナにはピンとこなかったが、彼女のそんな様子を見て、ルーフェスはもっと分かりやすく説明をしてくれたのだった。
「魔力持ちの貴族はね、王家の要請に従って、魔物や魔族を討伐しなくてはならない事があるんだ。アンナも見たと思うけど、魔術士一人で一個小隊位の武力に匹敵するからね。国防としてとても重要な任務なんだ。
それで……この任務で素晴らしい成果を上げたい公爵は、実に愚かでつまらない見栄を張ったんだ。回復魔法だけでも十分に貴重な存在なのに、自分の息子はその上位攻撃魔法にも秀でていると、浅ましい嘘をついたんだよ。それで、必要な時だけ、僕にリチャードの代わりをやらせるようになったんだ。」
そこまで話すと一呼吸置いて、彼は更に話を続けた。
「アンナは一昨日僕がどこに居たのか聞きたかったんだよね?」
「それは……別にもういいんだけど……」
その話題はアンナの中で既に片付いており、今更掘り返す必要も無いと感じていたので言葉尻を言い淀んだが、彼は気にせず話を続けた。
「一昨日はリチャードの代わりに王太子殿下のお供として、魔獣を討伐しに行っていたんだよ。前から決まっていた事だから攻撃魔法が使える僕が参加しなくては絶対にダメで、あの時僕は家に帰ると直ぐにリチャードに回復魔法で怪我を治して貰って、そして昨日の討伐隊に参加していたんだ。」
「だから、本当の事が言えなかったのね?」
「そうだよ。ごめんね。」
アンナは彼の説明に納得し、彼から謝罪の言葉を聞く事ができて完全に胸のつかえが取れたのだった。しかしそれと同時に、彼女はとても恐ろしい事も気付いてしまったのだ。
「でも待って、それって、お……王族も騙してるって事なの……?」
直接的に王族を裏切ったり、不利益を及ぼしている訳ではないが、欺いている事は事実なので、肝が冷えた。アンナだって一応は貴族の端くれなので、それがどんなに大変な問題であるかは理解できるのだ。
「そう、中々ヤバいでしょう?バレたら大変。いくら公爵家だとしても無傷じゃ居られないんじゃないかね。王族を騙すなんて不敬もいいところだよね。」
ルーフェスはまるで他人事の様に、投げやりな態度で、あっけらかんと言い放った。彼にとっては公爵家がどうなろうと、どうでも良かったのだ。
けれども直ぐにルーフェスは真面目な顔をすると真っ直ぐにアンナの目を見て真剣な声で彼女にその事の重大性を告げたのだった。
「だからアンナには知ってほしくなかったんだよ。王族にまで嘘をついている事を。まかり間違えば、同罪にされかねない。」
「それは……」
ルーフェスの言っていることはその通りで、その可能性がゼロではないことは薄々気づいていた。だから直ぐに返事ができずに一瞬言葉に詰まると、ルーフェスは悲痛な面持ちで頭を下げたのだった。
「巻き込んでごめん……。僕が打ち明けなければ君はこの秘密を知ることも無かったのに。」
「謝らないで、私は、貴方のこと知れて良かったって思ってるんだから。」
アンナが、膝に置いている彼の手に自身の手をそっと重ねて慈しむと、彼はその手を握って彼女に誓った。
「この事で何かあっても、絶対にアンナの事は守るよ。僕には貴族としての権力はないけれども、一個小隊位なら壊滅させられるからね。」
実際問題、クライトゥール公爵家の子供が実は双子であったという事実を知っただけでは、アンナは自身に特段危害があるとは余り思えなかった。見聞きした事を誰にも言わなければいいのだから。
だからこの問題は、アンナさえ黙っていれば解決できるし、アンナは他人の秘密を易々と人に話す様な娘ではないので、そこまで心配しなくても大丈夫だと思っていたのだが、ルーフェスが自分を守ってくれようとしてくれる事が嬉しく、それでいて力技でなんとかしようとしている事がおかしくて、つい頬が緩んでしまったのだった。
「ふふっ、それは頼もしいわね。」
嬉しそうに笑うアンナのその笑顔を見て、ずっと緊張していたルーフェスの顔も、付き物が落ちたかの様に穏やかになっていった。
「絶対に、何があっても君を守るから。」
そして彼は和らいだ表情で愛おしい人を愛でるようにアンナを見つめると、彼女の手を握りながらもう一度、心からそう誓ったのだった。
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