第2話 提案
「貴女の事情は分かったけれども……、それでも、この依頼はどうかと思うんだ。」
アンナに同情の目を向けてくれてはいるものの、ローブの青年は依頼書を譲ってはくれなかった。
「どうしてですか?どうしてもですか?!私に出来る事なら何でもしますから!!」
「たった売れ残りの依頼書一つで、何でもしますなんて言うもんじゃ無いよ。」
「私にとっては死活問題なの!!」
「そうは言ってもね……」
アンナは必死に縋ったが、結果は同じであった。彼はどうしても依頼を譲ってくれなかったのだ。
それもそのはずである。何せ、彼が今手にしている依頼は、剣士とは最高に相性が悪い依頼内容だったから。
「貴女の気持ちは分かったけども……貴女の武器は剣ですよね?この依頼には不向きだと思うんだ……」
そう言って青年は、気の毒そうに手にした依頼書をアンナに見せた。
そこには、こう書かれていたのだ。
ーーーーーー
【ジュエルタートルの甲羅の納品】
特記事項:無傷の状態で納品する事。一つでも傷が付いていた場合、買取不可とする。
(納品数 1)
ーーーーーー
ジュエルタートルとは、よくいる低級な魔物である。背中の甲羅が宝石の様な美しい見た目からこのような名前がつけられているが、実際の宝石では無いため甲羅自体には価値は無い。しかし、一部のコレクター界隈では人気があるらしく、時々こういった納品依頼が入るのであった。
また、ジュエルタートルは、危険度も低く冒険者を生業としている者ならば誰でも倒せる程度の魔物なのだが、その甲羅の硬さや、見た目に反して物凄く素早く動く事から、労力の割りに合わないと、敬遠されやすい依頼でもあった。
そして、ただでさえ不人気な依頼なのに更に今回は、"傷一つ無く"などと言う無理難題のオマケまで付いているのだ。
ジュエルタートルの甲羅の納品依頼にしては、通常より高額な金額が付けられているのだが、流石にギルドに最後まで残っている様な依頼である。失敗する可能性が非常に高い、面倒な依頼内容だった。
「これは……確かに、剣士の私には難しいわね……」
「そうだろう?だから今日の仕事はもう諦めたらどうかな?君には無理だよ。」
見せてもらった依頼内容の難しさに、アンナの勢いは萎んでしまった。
確かにアンナには甲羅に傷を全く付けずにジュエルタートルを倒す事は難しかったのだ。
けれども、この依頼を逃すと日銭を稼ぐ手段が本当に無くなってしまうのだ。
アンナは少しの葛藤の後、それでもこの依頼を諦めない事に決めたのだった。
「でも、ここで仕事をしなかったら今日の収入は無いのが確定するけれども、もし依頼が成功すれば十分なお金が手に入るでしょう?……それならば、難しい依頼でも、やらないよりは挑戦したいわ!だからやっぱり、私にこの依頼を譲って下さい!!」
強い意志を宿した瞳でじっと青年を見つめると、その後はただひたすらに、深く頭を下げて、アンナはお願いを続けた。
しかし、それでも彼は依頼をアンナに譲ることを渋ったのだった。
「どんなに頭を下げても、君はこの依頼をやらない方が良いと思うんだ。」
「どうして?仕事をしなかったらお金が稼げないのよ?私、例え失敗するかもしれなくてもやりたいわ!」
「けどね、武器防具の摩耗具合とか、移動費とかの必要経費を考えたら、依頼が失敗した場合金銭的に損失が出ると思うけど……いいの?君、金銭的に苦しいんでしょう?」
青年の声は諭す様で優しいが、それでも言ってる内容は容赦なくアンナが見落としていた正論を突いていた。
「それは……」
彼の指摘に咄嗟に反論が出てこず、アンナはもはや押し黙るしか出来なかった。
その時だった。
「アンナ、彼の言う事は正しいよ。今日は仕事を諦めて休息したらどうだい?あんた毎日働いてるだろう。この仕事は身体が資本なんだ、休むのも仕事の内だよ。それにエヴァンだって一日くらい食事を抜いたって大丈夫だよ。」
黙ってしまったアンナを見て、終始二人のやりとりを見守っていたギルドの受付のお姉さんが見兼ねて声をかけてくれたのだ。
「ネーヴェさん……」
アンナは心配そうにこちらを見ている受付の彼女に気づくと、沈んだ顔で深いため息を吐いた。
これ以上ギルドで揉めると受付の彼女にも迷惑がかかってしまうし、ここが潮時だと察したのだ。
(ネーヴェさんの言う通り、これ以上お願いしてもきっと彼は依頼を譲ってはくれないでしょうね……)
そう思って、アンナは今日の仕事を諦めて彼女の言う通りに家に帰ろうとした。その時だった。
「待って、君はアンナって言うの……?」
予想外に、ローブの青年がアンナの腕を掴んで彼女を引き止めたのだ。
「え?……えぇ、そうだけど……?」
いきなりのことでアンナは訝しげに青年の反応を覗き込むと、青年の方も彼女の顔を改めて見つめていた。
「えっ……と?」
アンナは、青年の態度の変化に戸惑った。彼は驚いたような顔でこちらを見入っていて、その顔は僅かに同様しているかのようにも見えたのだ。
「そう……君はアンナって言うのか。」
アンナだから何なのだろう。
彼女は彼のその呟きを疑問に思ったが、青年はそれ以上その事については口にしなかった。その代わりに、彼は一つ咳払いをすると、意外な提案をアンナに持ちかけたのだった。
「君がこの依頼をやりたいのは良く分かった。じゃあ、こういうのはどうだろうか。僕と一緒にこの依頼をやらないか?」
それは、思いもよらない提案だった。
「……いいんですか?それは是非ともお願いしたいですけど……」
「うん、じゃあそうしようか。」
二人でやるからには報酬も分割となって減ってしまうし、危険を伴うギルドの仕事においてよく知らない人と組むのはリスクでもあったが、それでも、他に日銭を稼ぐ当てが無いのだから今のアンナにとっては天の恵みのような申し出であった。
彼が急に態度を軟化させた事については気にはなったが、それについては触れなかった。そんなことよりも、本日の夕食代を稼ぐ事の方が大事なのだ。
「それじゃあ、よろしくね。」
そう言って差し出された青年の右手を、アンナは両手で握り返した。
「はい、有難うございます!改めまして。私はアンナって言います。」
「僕は、ルーフェス。」
こうして、アンナはこのローブの青年と、一時的にパーティーを組むことになったのだった。
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