第3話 ルーフェス

 目深にローブを被ったその青年は、ルーフェスと名乗った。


 歳はアンナと同じくらいの十七、八歳といったところであろうか。冒険者ギルドに出入りしている他の男性と比較すると、線が細く身なりも良かったことからアンナの目には彼の姿は少し異質に映って見えていた。


「貴方の武器は、その……棒?」

「そう。鉄杖だよ。」


 アンナとルーフェスの二人は今、乗合馬車でジュエルタートルの生息地である郊外の森の中へと向かっている。その車中で、知り合ったばかりの二人はお互いの事を少しでも知ろうと、簡単な会話を交わしていたのだ。


「一応、剣や体術、短剣なんかも一通り教わったんだけど、僕にはコレが一番合ってたから。」

「殴打武器って大抵は棍棒だと思ってたから、鉄杖は珍しいわね。」

「そうかもね。まぁ、問題なくやれているよ。」

 そう言ってルーフェスは少し笑うと脇に置いてる鉄杖を撫でた。


「それにしても、アンナは手持ちも無いのに一体どうするつもりだったの?僕と一緒じゃなかったら、この馬車の運賃も払えなかったじゃないか。」

「それについては、本当に感謝しているわ……。後で必ず返すから……」


 そうなのだ。

 手持ちも底をついてしまっているアンナは、この乗合馬車の運賃をルーフェスに借りているのだ。

 依頼のことといい、何から何まで彼には感謝しっぱなしだった。


「君は依頼を受ける事しか考えてなかったみたいだけど、移動手段とかそこまでは考えなかったのかい?」

「それは……まぁ、走っても森まで行けるでしょう?」

「馬車でも三十分かかる距離だよ?!何時間かかると思ってるの?!」

「でも出来なくはないわ!時間がかかるだけで!」

「……君は見通しが甘くないかな。」


 呆れたようにルーフェスに言われて、アンナは言葉に詰まってしまった。


 自分でも、その自覚は少しはあるのだ。


 しかし、だからといってこれはそう簡単に直せるものではない。アンナは幼い頃から考えるより前に行動をしてしまう子だったから。


「でも、だって、他にそれしか方法がなければ、そうするしか無いじゃない。」

「だから、”他にそれしか方法が無い状態”になる前に、もっと良く先のことまで考えた方がいいって事だよ。」

「それは……」


 彼の言うことはその通りであり、反論の余地もない正論なので、アンナは少し困ったように目を伏せて押し黙ってしまった。

 何も言えないのだ。


 すると、そんなアンナの様子を見て、ルーフェスは慌ててフォローする様に話を続けた。


「あっ……ごめん、別に責めてる訳じゃないんだ。気に障ったなら謝るよ。」


「えっ?そんな、別に謝る程の事じゃないわよ。」


 まさかこれくらいの事で謝られるとは思ってもいなかった為、想定外の謝罪にアンナは驚いて彼の方を見た。


 すると、ルーフェスは申し訳なさそうな顔をして、アンナの様子を伺っていたのだ。

どうやら彼は、本当に悪いと思っているらしい。


 ギルドではこれ位の軽口は日常茶飯事だけれども、こんな風に謝ってきた男性は初めてで、なんだか落ち着かなかった。


(それにしても……不思議な人だわ。冒険者ギルドに出入りしてる人には、とても見えないけど……)


 アンナは、彼に気付かれないように横に座るルーフェスを観察した。


 中性的で端正な顔立ちに少し長めの銀の髪がとてもよく似合っている。ギルドに通う男性の多くは荒くれ者や無骨者なので、彼はさぞや浮いていただろうな。そんな事をぼんやりと考えていると、再び、彼から声が掛かったのだった。


「……さっき、受付のお姉さんが言っていたエヴァンって言うのが君の弟の名前?」


 不意にルーフェスから弟のことを聞かれたのでアンナは少し驚いたが、そこに深い意味が有るとは思えなかったので、特に気にせずに素直に答えた。


「え?えぇ、そうよ。両親が居ないからね、私があの子を守って、しっかりと育てないといけないのよ。」


 アンナは、ルーフェスからの何気ない言葉に、無意識に少し表情を強張らせてそう答えた。


 弟を守り育てる事。それは彼女が抱く強い思いだったから。


 そんな彼女の僅かな表情の変化をルーフェスは見逃さなかったが、あえてそれには触れずに、会話を続けた。


「姉弟だけで暮らしてるのか。なるほど、だから過保護にもなるんだね。」

「過保護……まぁ、そうかもね。」


 苦笑混じりに答えると、アンナは顔にかかった髪の毛を耳にかけなおした。するとその動作によって、彼女の左手の袖口からチラリと傷痕がのぞいたのだった。


 魔物討伐などのギルドの仕事をやっていれば、やはり怪我を負う事は多い。その傷跡は、全体こそは見えなかったものの、かなり大きくはっきりと残っていたようだった。

 その傷が彼女が今までにいかに危ない目に遭いながらこの仕事を続けてきたのかを物語っていた。


「……なんか君、無理してない?ギルドの時も思ったけど、切羽詰まってるというか……」


 見えてしまった傷跡や一瞬強張っていた表情には触れなかったが、ギルドのやり取りの時から彼女に感じていた懸念を、ルーフェスは思わず口にしてしまった。


 すると、彼のその言葉に、アンナは驚いた様にルーフェスを見ると、一瞬表情を強張らせてから直ぐに笑みを浮かべて、抑揚の無い声で答えたのだった。


「……してないわ?」


 それ以上は何も言うな。

 そう言った意図が込められた、仮面のように凍った笑顔でアンナは微笑んだ。


 その笑顔を見ると、ルーフェスはそれ以上は何も言えなかった。

 態度を硬化させてしまった彼女から、知り合って間もない人に不躾すぎたと察して、ルーフェスは話題を他の物に切り替えたのだった。


「ところで、アンナは具体的にどうやって甲羅に傷を付けずにジュエルタートルを倒すか考えているの?」


 馬車は目的地まではもう少しというところまで来ていたので、ルーフェスは彼女に、この後の対応方針を確認しておきたかったのだ。

 しかし、アンナはこの質問に対して咄嗟に何も言うことが出来なかった。何故なら何も策など考えていなかったのだから。


「えっと……それは……あれよ……」

 しどろもどろになりながらも、一呼吸置いて必死に考えた言葉を絞り出す。


「首を出しているところを一撃で切り落とすわ!」


 苦し紛れに出た言葉を、咄嗟にしてはちゃんと回答できたなとアンナは自分を心の中で褒めたのだが、しかしルーフェスからしてみたら、それは具体策などでは全くなく、ただの無策である事は明白であった。


(どうやって首を出しているジュエルタートルに近づくかが重要なんだけど……)


 そう言いかけて、ルーフェスは言葉を飲み込んだ。先程、正論で諭して彼女を黙らせてしまったことがあったので、ここは黙っておくのが賢明だと判断したのだ。


「それじゃあアンナ。君がジュエルタートルの首を切り落とせる様に、僕が隙を作ってあげるよ。」

「そんな事出来るの?!」

 眼を丸くして驚いてみせるアンナに、ルーフェスはニッコリと笑って頷いたのだった。


「出来るよ。僕に任せて。」


 今までの言動で、ルーフェスはアンナには具体的な策がなく、行き当たりばったりで行動しそうな危うさを感じ取り、自分がなんとかしないと、この依頼は失敗すると察した。


(彼女の威信は傷付けたくないけど……僕が主体でやらないとこの依頼は成功しないな……)


 そんな事を思って、ルーフェスは人知れずアンナを手助けする決意を固めたのだった。

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