2話 公爵令嬢とのお見合い

あれから3日が経った。今日はフィオーレ・フォン・アルタイル嬢とのお見合いの日だ。約束の時間になったので玄関の前でアルタイル公爵とフィオーレ嬢を出迎える。



「リュミエール公爵。この度はお見合いを受けて下さり有難うございます」



 アルタイル公爵は父に頭を下げる。



「頭を上げてくれアルタイル公爵。貴殿と私の仲じゃないか」



「感謝する。そちらがルーク君か。私はアルタイル家現当主 ローラン・フォン・アルタイルだ。そしてこちらが娘の」



「アルタイル家次女 フィオーレ・フォン・アルタイルです。お目にかかれて光栄です、ルーク様」



「ルーク・フォン・リュミエールと申します。こちらこそ、フィオーレ嬢」



「ルーク、2階の応接室でフィオーレ嬢と話してくるといい。私はアルタイル公爵と少し話す事があるのでな」



「分かりました、父上」



「フィオーレもゆっくり話しておいで」



「かしこまりました、お父様」



俺はフィオーレ嬢と共に2階の応接室に向かった。




「好きな場所にお座り下さい、フィオーレ嬢」



「ありがとうございます。ルーク様」



フィオーレ嬢はソファーの方に座る。現在メイドにはここに入らない様に言っているので俺が紅茶に準備をする。



「フィオーレ嬢はミルクや砂糖は必要でしょうか?」



「いえ、必要ありません。……ルーク様自ら紅茶を?」



「ええ。趣味なので」



勇者パーティ時代でもルナやレイラが紅茶を好んでいたのでよく淹れていた。

昔には無かった茶葉もあるので前より更に凝っていたりする。

紅茶を淹れ終えたのでフィオーレ嬢にカップを差し出す。



「どうぞ。お口に合えばいいのですが」



「ありがとうございます。頂きます」



フィオーレ嬢が紅茶をひと口飲む。その顔には驚きの表情を浮かべていた。



「とても美味しいです。普段飲んでるものより少しコクがある気が」



「それはおそらくハチミツを入れているからでしょう」



「そう言う事でしたか」



「ええ。フィオーレ嬢も紅茶がお好きで?」



「はい。嗜み程度ですが」



「それは奇遇ですね」



それからは少しお互いの話をしていた。フィオーレ嬢も楽しそうに自分の事を話してくれた。



「そう言えばフィオーレ嬢は魔法学院に入学するご予定で?」



魔法学院……正式名称はアリエス王国魔法学院。ここに入学する事が出来れば要職に就く事が約束されるというエリート学校だ。そのため倍率もかなりのものとなっている。

魔法学院の話をふった瞬間フィオーレ嬢の顔が少し暗くなった様な気がする。



「ええ。幸いにも魔法の才能はあったようなので」



「そうですか。実は私も入学しようと思っているんですよ。もしお互い試験に通ったら同級生ですね」



「そうですね。そうなれるといいのですが」



明るく振る舞おうとはしているが顔の陰りは隠せていない。



「フィオーレ嬢、何か悩み事があるのでは?」



「え?」



「先ほどフィオーレ嬢自身の話をして下さった時にはとても楽しそうに話してくれていました。ですが魔法学院の話になった瞬間何処か悲しい表情を浮かべていた。ですので魔法学院について、もしくは魔法について悩みがあるのかと」



「……ルーク様はよく見ていらっしゃるのですね」



「紳士の嗜みですよ」



「何ですかそれ、ふふ」



フィオーレ嬢はほんの少し笑った後悩みを打ち明けてくれた。



「ルーク様も知っての通り私は魔法の才能があることがわかってからは“アルタイル家の天才令嬢”と言われてきました。私自身も最初は嬉しかったのです。お父様やお母様のお役に立てると」



「フィオーレ嬢は親思いなのですね」



「からかわないで下さい! ルーク様も私が多くのお見合いを断ってきたことはご存じで?」



「ええ。父上から聞きました」



「私がお見合いで会ってきた人達は口をそろえてこう言うんです。『噂の天才令嬢とお見合いすることになり光栄です』と。それを聞いた時気付いてしまったんです。私は”アルタイル家の天才令嬢”としか見られてないいんだと。誰もフィオーレ・フォン・アルタイル個人のことを見てくれていないのだと」



俺はそれを聞いて一人の少女を思い浮かべてしまった。勇者として見られ続け、一人の少女……アリス・クレールとして見られなかった少女のことを。


その瞬間俺はフィオーレ嬢を抱きしめていた。



「え?……ルーク……様?」



「辛かったですね、フィオーレ嬢」



フィオーレ嬢は困惑しているが、俺は言葉を続ける。



「私はフィオーレ嬢ではありません。それ故に『フィオーレ嬢の辛さはよく分かる』などとても言えません。しかし、辛いなら私に全て吐き出してくれても良いんです。それでフィオーレ嬢の気持ちが軽くなるのならいくらでも受け止めましょう。

私では貴女の悩みを解決することはできません。でも、私の前でくらいは、”アルタイル家の天才令嬢”ではなく、ただの”フィオーレ・フォン・アルタイル”でいていいんですよ」



「……いいんですか、私……ルーク様の前ではただのフィオーレになっても」



「いいんですよ。貴女が望むのなら」




「ルーク……様……ぐすっ……今だけ……は……胸を貸して……下さい」



「気が済むまで、貸しましょう」



そこが限界だった。フィオーレ嬢の抱えていたものが全て流れ出ていく。


まだ6才の少女が誰にも相談することなく、悩みを抱え続ける。それがどれ程辛いか。あのポジティブさでは誰にも負けなかったアリスですら弱音を吐いていたのだ。フィオーレ嬢の心労は俺の想像の遥かに凌ぐだろう。

だからこそ、彼女の支えになってあげたい。アリスの代わりではない。

彼女、フィオーレ・フォン・アルタイルだからこそ俺はそう思ったんだろう。




数分の時がたち、フィオーレ嬢が落ち着いたところで、俺はフィオーレ嬢に問いかける。



「フィオーレ・フォン・アルタイル嬢。どうかこの私、ルーク・フォン・リュミエールの婚約者になってくれますか?」



フィオーレ嬢はその問いかけに対し



「はい。私、フィオーレ・フォン・アルタイルは、ルーク・フォン・リュミエール様の婚約者となることをここに誓います」



満面の笑みで答えた。それはまるで太陽の如く眩しい笑顔だった。
















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