ロクデナシ
「がは……」
ケリーを貫いた弾丸。
ポタポタと血が落ちる。
木が赤く染まる。
汗と血が混ざり合う。
右手で傷口を押さえ、地面に座り込む。
撃たれた事実を認識するのに10秒かかった。
"敵"を認識するのに5秒かかった。
「え」
男の左目は潰れていて、右足の太ももに撃たれた痕があった。イロを失い、空虚を観ている。荒息で辿々しい足取り。
右手にオートマチックのハンドガン。
左手に巨大なナタを模したナイフ。
「死ね!死ね!死ね!お前のせいで!お前のせいで!」
「いっ……!」
困惑しているケリーを他所に男はぶつぶつと何かを唱えている。
「死ね!」
トリガーが引かれる。
スライドが後退する。
薬莢が地面に落下する。
鈍い金属音と火薬の爆発音が交差する。
「あああああぁぁぁぁぁぁああ!」
2発目がケリーの腹部に命中する。
痛みが全身を支配する。
すかさず男が3発目を打ち込む。
「………ッ」
声にならぬ悶絶。
出血が止まらない。傷口が塞がらない。
更にダメージは大きくなってきている。
「ああぁああぁああああぁぁぁあ!!」
さらに4発。
2発は皮膚を切り裂き、2発は足を貫いた。
「……!?」
スライドが後退したまま止まる。
男は気づいていないのか何度もトリガーを引いている。
舌打ちをして、弾倉の確認。
もう、弾は入っていない。
「くそっ……くそっ……くそっ!」
銃を捨て、左手に持っていたナイフを持ち変える。
千鳥足で男がケリーへ走り出す。
男がナイフを振りかざす。
朦朧とする意識の中で間一髪で身体を逸らし、ナイフを避ける。
「!」
更に傷口が広がる。出血量が上昇する。
床が赤く染まる。力が入らなくなる。
焦点が合わなくなる。
(なんで、こんな……。死ぬ……)
前方には敵、後方には壁。
逃亡は不可。そもそも、走れるほど、ケリーの身体には余裕がない。
ナイフが太陽と重なる。
全身全霊を込め男が刄を振るう。
「……あ?」
それは、1発の銃弾だった。
響く銃撃音。男の胸を貫く、救死の一撃。
小さな風穴から見える、白銀の髪。左眼が赤く染まっている男。
その男をケリーはよく知っている。
「爺さん?」
極限まで磨き上げられた銀色のフレーム。
「お前!お前か、お前かぁぁぁぁああ!」
男がコルトの方を振り向く。
振り向きざまにナイフを投げる。
「……」
コルトは動じることなく、投げられたナイフを弾丸で弾く。
両足に4発。
「■■■■■■■■■■」
言葉にならぬ獣の咆哮。
男がコルトへ拳を振り上げる。
コルトは焦ること無く、照準を定める。
「■■■■■■■!」
冷静に、冷酷に喉に鉛を打ち込んだ。
拳がコルトに触れる直前で止まった。
無論、即死だった。
倒れ伏した男の頭に打ち込む銃弾。
「……。大丈夫か?ケリー。……いや、時間は残ってなさそうだな」
銃をホルスターに戻し、ケリーの元へ駆け寄る。
(まだ、脈はあるな。心拍数は……まずいな)
気絶したケリーを抱え、コルトは山の奥へと走り出した。
(歳とはいえ、人一人なら意外と持てるもんだな。昔のように早くは走れんが、あそこまで体力が持つかが勝負か)
人ならざる速度で走るコルト。
鳥のように早く、風を切り裂き、木々を薙ぎ払う。
(ガレージまで走りきれるかどうか)
息が荒くなってきた。
足が棒のようだ。感覚が無い。
太陽が頂点に達した頃、ようやく目的地が見えてきた。
それは車一台がぎりぎり収まるかどうかのぼろぼろな小さい小屋。
隣に人影。黒い眼帯をした男。
コルトの古い友人、シェリフだ。
ぼろぼろの彼らを観て、男はコルトに近づく。
「遅い。いや、しかたがないか」
「すまない。後は任せた」
「はいよ」
ケリーを地面に置き、ポケットから鍵を取り出す。
ガラガラとシャッターが開く。
中にあったのは一台のバイクだった。
それも、かなり年季が入っていた。
所々が錆びており、埃をかぶっていた。
バイクを周りを埋め尽くすように赤いガソリン缶が並んでいた。
コルトはガソリン缶を二つ取り出し、一つをガレージの周りに撒き散らした。
もう一つは、バイクの燃料として使った。
エンジンをかけ、ケリーをバイクに縛り付け、腰にホルスターを装着させた。
いまだ、彼の意識は途切れていた。
コルトがふと、立ち止まる。
──足音!?
数は10以上。近づいてくる火薬と血の匂い。時間はない。
「いたぞ!殺せ!」
全員が黒い防弾チョッキに迷彩柄のジャケット。テロリストという言葉が似合う彼らは、一人一台アサルトライフルを携帯していた。
「行け!ここは俺が足止めする。早く」
有無を言わずバイクを走らせるシェリフ。
仁王立ちで時間を稼ぐコルト。
「……ッ」
遮蔽物など無い。防弾チョッキなぞない。
鉛を喰らえば死ぬだろう。武器は無い。
けれど、時間を稼げればいい。
「おい、起きろ坊主。おい!」
全身に包帯を巻かれたケリー。
そんなこと関係ないと、シェリフが叩く。
「死ぬ……」
電源が入ったように目覚めるケリー。
未だ、バイクの上だった。
ここまでのことを彼は知らない。
「ここどこ?」
「カナダ」
シェリフは振り向かず、運転に集中している。
「しばらくはバイクから降りることはできない。というか、その傷じゃ動けないだろうけどな」
「どこに向かってるんだ?」
「……」
彼は答えない。そもそも話を聞いているのかどうか。
左腰に見慣れないものが掛けてある。
「なあ、これ……」
「ジジイのもんだ。大切にしろよ」
「え」
何も答えず、彼はバイクを走らせる。
どこか遠くに向かって。
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