ケリーウィル

讃岐うどん

崩壊

初まりは一通のSNS投稿だった。


──メガバンクが倒産する。


信じられるか?

明らかなデマだ。

こんなツイートは日常茶飯だ。

信じる奴なんていない。

そう、皆思っていた。


けれど、今回は状況が違った。

ここ数年、アメリカ経済は不況だった。

急激な物価の上昇。

昨日ならパン一つ買うために1ドルで良かったのが、今日には2ドルとなっていた。

過度なインフレにより、資本主義は崖っぷちに立たされていた。

物価の上昇に見合わぬ給料の上昇。

労働者と資本家の対立。政府への不満。

仮初の平和が崩れてもおかしく無かった。


これが10年前のこと。




アメリカ合衆国ワシントン州、チェソーの北、カナダとの国境に最も近い街で傷だらけの少年が、バッグをかついでいた。

郊外まで走り、山を登る。

木々に隠され、禿げたペンキの代わりに蜘蛛の巣によって彩られた小さな家。

少年は家を目指し走る。

途中、クマに襲われかけたが、何とか辿り着くことができた。


「爺さん、パン見つけてきたぜ、ほら食べよう」


古臭い小屋で横たわっている、爺さんと呼ばれた男、コルトはケリーを見つめる。

髪は白く、よれよれとしていて常に咳をしていた。


「……あぁ、食べようか、ケリー……」


力無くゆっくりと立ち上がり、ケリーからパンを受け取る。

小さく丸い机を2人は囲むようにして座る。

ケリーは持ってきたパンを半分にちぎり、コルトに渡した。


「美味いか、爺さん?」

「……ああ」


男はどこか虚ろな目をしていた。

希望を移さない、絶望の瞳。

まるで今の世界を表しているようだ。


昔はたらふく食べたパンが、今では一切れも食べれない。

勿論、腹は満たされない。

一日生き残るだけでも、一日飯を食べるだけでも精一杯だ。


「……腹、減った」


成長期のケリーにとって全くご飯が食べれないのは過酷だ。

贅沢は言えない。

一日生き残るだけでも精一杯なのだから。


夕日が去り、星が輝く。

寝床につくことすらせず、ケリーは外に出る支度を始めた。

ボロボロの靴に、ブカブカの服。

何も入っていない鞄を担ぐ。

懐中電灯なんて便利な道具は無い。

銃みたいな自衛の武器なんてない。

獣に見つかれば喰われるし、強盗に見つかれば殺される。


敵に出会わないことを祈り、山道を走る。

月明かりが枝に憚られ真っ暗となり、何も見えない。

こんな時、銃があればどれ程良いのだろうか。


「明日は何が食べれるかな」


ようやく、下山ができた。


「やっぱ、いつまで経ってもなれんな、これ」


目に映るは死体と、それを喰らうもの。

空が捕食者を映す。べちゃべちゃと赤い肉を喰らう。血の匂いが、ゴミの匂いと同化している。

下町がこうなっているのに比べたら、山籠りがどれだけマシなのか。


ギュルルと、ケリーの腹がなった。

久しぶりに肉が食べたい。ここ最近、肉塊しか見ていない。

身体のいたるところに鉛が打ち込まれていて、とても食えそうではなかった。

ま、先客がいるのだがな。


「またパンか……いや、今回は腐って無いな、行けるな!」


かつてシェルターだった場所からパンを2切れ盗んだ。

もうそこに、人はいない。

あるのはかつて人だった骸のみ。

骨が肉を貫き、皮が剥げている。


「……帰るか」


もうすぐ、夜が明ける。日が、世界を照らす。

ようやく、山道に着くことができた。あとは登るだけだった。


──早く、帰らなきゃ。


また、寝れないのだろうか。

日が出ている時間は寝れない。

夜は食い物を取りに行かなければならない。


「ただいま、爺さん」


返事は無い。

きっと、寝ているのだろう。そう考えてケリーはコルトの隣に横たわり、短い仮眠をとる。


(2時間ぐらい寝れるといいな)


願望を胸にケリーは浅い眠りについた。






──嫌だ、死にたくない。止めて、お願い……殺さないで。イヤ……


夢の中で聞こえる懐かしい声。

どこか悲しく、どこか虚しい、あの日の夢。

けれど、楽しかった。


目覚めは発砲音だった。

どこか遠くで、誰かが銃を撃った。

とこか遠くで、誰かが銃で撃たれた。

それも、何十、何百発と乱射する音。

遠くからでも聞こえる悲鳴。


「爺さん……?」


ケリーが周りを見渡すとコルトがいなかった。

机の上に置かれていたパンが一切れなくなっていた。代わりに一枚の紙切れが置いてある。


『儂が下へ出る、お前はもう、外に出るな』

「は?」


困惑しているケリーを他所に銃撃音は更に増えていく。

時間が無いことに気づく。


「マズい……」


パンを咥える。息が詰まりそうだ。

急いで扉を開こうとするが、ドアノブがあり得ない方向に曲がっていた。


「くそ……」


扉から距離を離す。右手に持った斧を振り上げる。


「はあ!」


全体重をかけ扉に斧をめり込ませる。微かに外の光が見えた。

もう一度、思いっきり斧を振り上げる。

武器を振り下ろした。

扉がバラバラになる。

外に向けてケリーが走り出す。

扉から伸びてくる人影。

右手にハンドガンらしきものを持っていた。


「え?」


バンと、一発の銃弾が発泡された。

それも、ケリーに対して。

発泡した銃の銃口はケリーを向いていた。

枯れ果てた大地に落ちる薬莢。

火薬の匂いが血と混ざり合う。

腹を貫いた弾丸が、地面に落下した。


「……は?」

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