ミンギルとテウォン
名瀬口にぼし
ミンギルとテウォン
第1話 牛小屋の隣
大陸の極東の端の半島の、そのまた北東の隅に連なる
冬は寒冷で夏は涼しいその土地は、朝鮮で最も空気が澄んだ場所の一つとして知られていて、青々と茂る針葉樹林を映して深く静かに水を
過ごしやすい季節には小綺麗で裕福な家族が別荘でくつろぎ、湖が凍る頃にはお洒落に厚着をした若者たちがスケートをして楽しむ行楽地が、そこにあった。
しかし自動車で来る人々のために整備された広い道を挟んで隔てた近隣の村には、李氏の国王が国を治めていたころと変わらない風景が残っていて、住民たちは近代化とはそれほど縁のない生活を送っている。
旧来通りの身分制度に支えられた村では、ファン家という地主の一族がすべての権利を握っていて、他の住民を支配し働かせていた。
ミンギルとテウォンは物心ついたときにはもう、そのファン家で奴婢のように扱われている使用人だった。
親も奴婢に近い立場だったのか、それとも借金の形に売られたのか。理由はわからないけれども、屋敷の門の横にある牛小屋のすぐ隣の小部屋が、まだ子供だったころからのミンギルとテウォンの寝床である。
ミンギルは貧しく教養がないわりに体格には恵まれた子供で、テウォンは痩せて貧相で小柄な代わりに頭の回転は早い子供だった。
しかしミンギルとテウォンが一人の人間として扱われることはほとんどなく、名前はあっても使われずにいつも二人一緒くたにされて、「大きいの」や「小さいの」などのどこか蔑んだあだ名で呼ばれていた。
二人は窓も明かりもない、物置と変わらない土間の隅に置かれた狭苦しい箱床で眠り、早朝の太陽が昇る前に目覚め、牛や鶏の世話をしながら屋敷の周辺の田畑を耕し、主人に言いつけられた雑用を二人でこなす。
ときには間違いがあったと殴られることもあったし、主人に損をさせたと言いがかりをつけられて食事を抜かれることもあった。使用人としてこき使われる以外の生活を送ったことがない二人は、そういうものなのだと思って耐えていた。
幼いミンギルとテウォンは自分の生まれた日時も、生んだ人の名前もよく知らなかった。しかし覚えている限りのほとんどすべての時間を二人で一緒に生きていても、自分たちが兄弟ではないことは漠然と理解していた。
二人に親はいなかったが、しいて言うならば同じようにファン家に使用人として雇われている老人が親代わりだった。
髪もひげも白くもつれ、長年日に焼け続けた肌に深々としわが刻まれた手をしていた老人は、ミンギルとテウォンに仕事を教えて、気づいたときには死んでいた。
見かけよりは足腰はしっかりしていてので、実際の年齢はそれほど老いてなかったのかもしれないが、まだ子供だったミンギルとテウォンにとっては、途方もない昔から生きて死んだ人物だった。
老人はどちらかと言うと人嫌いな性分である代わりに、動物の世話をすることを好きこのんだ。特に鶏よりも馬よりも、牛を大事にしていた。
牛を一番に可愛がる理由について、老人は何度か二人に語って聞かせた。老人は仕事以外ではめったに口を開かない寡黙な人だったので、個人的な想いを打ち明けるのは非常に珍しいことだった。
「牛は賢いうえに、どんな動物よりも主である人間に忠実だから良いんだよ。虎が来ても逃げない勇気があるし、大きな身体で狼も遠ざけてくれる」
野原に放した牛を小屋に戻す夕暮れ時の帰り道に、老人は棒切れのようにやせ細った腕で手綱を握り牛を引いて歩いていた。
自分よりもずっと丸々と太って立派な牛を愛おしげに見つめて、老人はミンギルとテウォンの二人に教訓めいた調子で話した。
「だけど逆に主に裏切られ見捨てられたときには、牛は凶暴になってすべてをぶち壊してしまう。怒った牛は牛小屋も納屋も、鋭い角で目茶苦茶にする。従順だからこそ、憤ったときが怖いんだ」
牛と共に夕日に照らされた老人の横顔には、人間以外の存在に対する尊敬や憧れの念が宿っていた。
老人に熱い眼差しを注がれ悠々と歩く牛は、野原の草をお腹いっぱいに食べて満足げで、その足取りは力強かった。
奴婢は牛よりも価値がないし、主人に裏切られ続けても、怒りをぶつけるのに必要な角も勇気もない。
ほんのすぐ近くに行楽地で自由を謳歌する人々の世界がありながら、時代の変化から取り残された閉鎖的なこの村で長生きしてきた老人は、自分が死んでも手に入らないものをよく理解していた。
もう片方の牛を引く幼いミンギルとテウォンは、老人の教えを素直に受け止めて、主に尽くしてくれる牛を敬い、決して怒らせないように世話をしなければならないと心に刻んだ。
そしてまた願わくば、人間である自分たちも牛のように賢く忠実で、しかし不当なことには憤る力がある存在になりたいと望んだ。
牛小屋の隣で牛以下の扱いを受けて生きながら、ミンギルとテウォンは牛のように強くありたいと祈っていた。
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