第39話 これから 2

「エルヴィンは近衛隊に戻ることが決まりました」

「え、はい……」


 何だ、そんなことかとルナは拍子抜けする。


「ええ? それだけ?」

「はい。だってエルヴィンさんなら戻るだろうなって思っていましたから」


 詰め寄るシモンにルナは首を傾げて答える。


「ルナ」


 残念そうな表情のシモンの後ろでルイードが口を開く。


「ルナもルナセリアに戻らないか?」

「え……?」

「もう魔女だからと恐れて暮らす必要は無い。王族としてここで一緒に暮らしていこう。魔女一族の名誉も回復させる」


 突然のルイードの提案にルナは固まってしまう。


「殿下は妹殺しの汚名をそそがなくてはいけませんしね」


 マティアスが口を挟み、ルナはそうか、と思う。


「お兄様、確かにこれから貴族をまとめていくのに、王は妹を殺してなどいないと私が姿を現す必要がありますね」

「では……!」


 ルナの言葉にルイードが表情を明るくさせて反応する。そんな兄を真っ直ぐに見据えてルナは続けた。


「でも、生きていた、という証に一度議会で姿を見せるだけです。以降は王族という肩書きを放棄し、薬師のルナとして戻ります」

「ルナ!」


 ルナの言葉にルイードから思わず大きな声が出る。


「ルナには苦労させてきた。これからは私の元で幸せに暮らしていけば良い……!」


 ルイードの説得にルナは首を振る。


「私の薬を、クロエが……国民が待っていますから」

「そんなもの、私の元でいくらでも作れば良い!」

「お兄様」


 自分と同じ金色の瞳が悲しそうに揺れるのを見ながらルナは自分の意志をきっぱりと伝える。


「魔女の力はこの国を畏怖させます。そしてまた争いの火種になるかもしれません。宰相の罪を明らかにし、魔女の名誉を回復してくださるだけで充分です。私は何の力も無い、ただの妹として、表舞台からは消えます」

「ルナ……」


 ルイードは妹の覚悟に静かに目を閉じ、ルナの肩に手を置いた。


「もう、決めたんだな……」

「はい。お兄様はこの城から、私は街から。この国を守るという約束、覚えていらっしゃいますか?」


 ルナがこの城を出るときにした、二人の約束。随分遠い昔のように感じる。


「忘れるわけない……」


 ルイードはしっかりとルナを見つめて言った。


「はは……ルナには敵わないな。いつもこの国のために一生懸命だ」

「お兄様もですわ」

「……お前はこれからもずっと私の妹だ。何かあれば必ず頼って欲しい」

「……はい」


 ようやくルイードに笑みが溢れ、ルナも笑顔で返す。


「ルナちゃん、俺やクロエもいるから頼ってくれよな!」

「ルイード陛下のことは必ずお守りしますので安心してください」


 二人の後ろでシモンとマティアスが続けざまに言った。


「はい、ありがとうございます」


 頼もしい味方に、ルナも笑顔になる。


「ルナには、私の結婚式に出席してもらいたかったのだがな……」

「お兄様、結婚されるのですか!?」


 ルイードの突然の報告に、ルナも驚きの声が出てしまう。


「ああ。隣国の、聖魔法の力を持つ王女を迎え入れることになった」

「そうですか……おめでとうございます。街から幸せを願っておりますわ」


 聖魔法の使い手が少ないこの国にとって、良い婚姻だとルナは思った。二人の子供が聖魔法の使い手なら頼もしい。


「結婚パレードを日没後にしてくれたら私も見られます」

「そうだな……そうできるよう手配しよう」


 いたずらっぽくルナが言えば、ルイードはくすりと笑って答えた。


「絶対、絶対に幸せになってくださいね」

「ルナも幸せになれ」


 兄妹は笑顔で視線を交わし合うと、抱き合って、別れた。


「ルナ、ここに戻って来なくて良かったの?」


 ルイードたちが去った後、テネが足元に寄ってきて言った。


「私は師匠と暮らしたあの家が気に入っているし、今さら王女なんてできないわよ!」


 ボスン、とルナはベッドに腰掛ける。


「……あのイケメン騎士とは?」


 テネの言葉にルナの心臓が跳ねる。


「エルヴィンさんとは……元々住む世界が違うもの。戦いは終わり。戦友も解消だよ」


 エルヴィンは近衛隊に戻る。この城と街では近くて遠い存在。ただの薬師のルナがエルヴィンに会えるなんてことはもうないだろう。


「巨大な闇が消えたとはいえ、魔物はまだ出るんだから一緒にやればいいじゃん」


 ベッドに飛び乗り、ルナの隣にボフッと陣取ったテネが拗ねたような口調になる。


「エルヴィンさんはこれからはきちんと近衛隊として魔物討伐に参加するんだから、薬師と一緒なんて変でしょ。それに、魔女の存在は隠したままのほうが良いと思うし」

「それはそうだけどさ……」

「何? あんなにエルヴィンさんに近付くの警戒してたのにどうしたの、テネ?」


 何だか煮えきらない様子のテネに、ルナは皮肉っぽく笑って覗き込む。


「いや、魔女の名誉は回復するんだから、近衛隊と一緒でもいいじゃん」


 テネはプイッとそっぽを向いてしまった。


「魔女の存在がこの国の中枢を狂わせた。だから、知られないほうが良いんだよ」


 ルナがすっきりとした表情で言うと、テネはルナの方を向いて涙目で訴えた。


「ルナは、こんなに命をかけて国を守って来たのに! もう沢山の人に知ってもらっても良いじゃないの!?」

「テネ……」


 テネがそんなことを思っていたなんて。


 ルナはテネをそっと抱き上げ、抱きしめる。


「ありがとう、テネ。私は、もう一人じゃないって知ってる。この国のために陰ながら動いていた人は沢山いる。だから私も頑張れる。それに、私の頑張りを知ってくれている人はいる。テネみたいにね? だから、充分なんだよ」


 もう、虚しさや孤独さを感じない。この先も一人と一匹で生きていく。でも、ルナを支えてくれる人たちは沢山いる。


 ルナはテネを抱きしめながら、自分を支えてくれている人たちに感謝した。


「……ルナは、馬鹿だよ」


 抱きしめた兄妹とも呼べる存在から、泣き声が漏れた。


「ふふ、そうかな?」


 沢山の人たちの顔が浮かんだが、色濃く思い出すのはエルヴィンと過ごしたこの数日間。


 ルナに向ける笑顔が眩しくて、愛しくて。


 一人じゃないけど、一番側にいたい人の隣にはいられない。そのことだけがルナの胸を抉った。

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