第38話 これから

『ルナ、この国を、皆が愛する国を守ってくれてありがとう』


「師匠……?」


 アリーの声が聞こえた気がして目を覚ますと、そこはとても懐かしい場所だった。


「うわ、変わらない……」


 さすがに今寝ているベッドは新しい物が用意されているようだが、見上げた天井の青い壁紙に懐かしさが込み上げる。


 幼い頃、ルナが押し込められていた離宮だ。外に出られないルナのために、母が職人に言って天井の壁紙を青く塗り替えてくれたのだ。


「やっと起きたの?」

「テネ!」


 懐かしさで胸がいっぱいなっていると、足元でくるまっていたテネがトテトテとルナの顔の近くまで来る。


「体調はどう?」

「あれだけ大きな闇の力を受けたはずなのに、起きられるわ!」


 ルナはベッドのヘッドボードによりかかるようにして上半身だけ起こす。


「あのイケメン騎士のおかげだろうね」

「エルヴィンさんの?」


 テネはベッドから近くのテーブルまで飛び移り、何かを咥えてまたルナの元に戻った。


「あのイケメン騎士、ルナと力の相性がいいだけじゃなく、この髪留めに聖魔法の力を込めていたみたい」

「ええ!?」


 テネが咥えていた髪留めをベッドに下ろす。見ると、髪留めは原型を留めず、ぐにゃりと曲がっていた。


 思い当たる節はある。エルヴィンは、ルナの家と、巨大な渦に対峙する直前の二度、この髪留めに唇を落としていた。そのことを思い出すと、顔が赤くなる。


「たぶん、この髪留めが一緒に闇の力を受け止めてくれたおかげで、ルナの負担が軽く済んだんだろね」


 テネの言葉に、ルナは曲がった髪留めを愛おしそうに撫でて呟いた。


「テネ、私――昔の魔女の声を聞いた気がしたの」

「そう」


 テネはそれだけ言って、静かに笑った。


 テネの同族、黒猫も多く粛清されてきた。そのことを思うと複雑だった。この国を救えて良かった。でも、「良かった」だけでは済まされない感情もあるのだ。


「エルヴィンさんには感謝しかないね」

「結果、あのイケメンとお近づきになれて良かったってことだねえ」

「言い方……」


 しみじみとしていたのに、テネとはいつもの調子になってしまった。


 コンコン、と部屋の扉がノックされる。


「はい」

「ルナ」


 返事をすると、ルイードが部屋に入って来た。後ろにはマティアスとシモンも控えていた。


「ルナ、この国を救ってくれて、私を救ってくれて、ありがとう。後は私の仕事だ」


 ルイードはルナのベッドサイドに立つと、頭を下げた。


「この国の王となる人が頭なんて下げないでください!」


 ルナは慌ててルイードに手をやると、その手を掴まれる。


「お兄様?」


 久しぶりに触れた兄の手は温かく、ルナは色んな感情が込み上げそうになる。


「ルナ、今日の議会で父上には隠居してもらい、私が王位につくことが決まった」

「……おめでとうございます!」

「いやー、長かったなあ」

「お前は少し黙ってろ」


 ルナが喜ぶと、ルイードの後ろでシモンがやれやれと話し、マティアスから制されていた。ルナが首を傾げていると、マティアスが前に歩み出て、片膝を付いた。


「ルナセリア王女殿下、私とは初めましてですね。近衛隊隊長、マティアス・ボードレールと申します」

「ボードレール公爵家の方でしたか……」


 ボードレール公爵家はルイードを支持する筆頭貴族だ。そして、エルヴィンの元上司でもある。


「エルがお世話になり、ありがとうございました」

「えっ!? あ、あの、お世話になったのは私の方で……」


 突然エルヴィンの話題を出され、ルナは顔が赤くなる。マティアスはそんなルナに優しい笑みを向けると、また後ろに下がった。


「ルナ、君のおかげで私は王として、国民のためにルイーズや宰相たちを断罪出来る」

「ルイーズはどうなりました!?」

「無事だよ。今は騎士団の塔に隔離してある」


 ルイードの言葉にルナは胸をなでおろす。


(良かった。お兄様に必要のない業を負わせなくて)


「ただ、国民の感情は収まらないだろう。ルイーズは国外追放、コンスタン宰相と教会の司教並びに関係者は、国民の前で処刑されることになった」

「そう、ですか……」


 ここから先は王であるルイードの仕事だ。ルナが口を出せることではない。


 ルイードを支えてくれていた貴族を中心に人事も改編され、良い方向に向かっていくのだろう。


「近衛隊も昔のように王族警護だけではなく、街の外に出て魔物討伐をするようになります」

「そうそう、警備隊は名前が変わって、ランバート王立騎士団になるんだぜ?」


 マティアスとシモンがそれぞれに教えてくれた。


「え! じゃあ、シモンさんは騎士団長!?」

「ガラじゃないんですがねえ」


 ルナの言葉にシモンがガシガシと頭をかく。


「お前ほどの能力を腐らせておくことはないだろう」

「マティアス、お前がやれよ」

「俺は陛下から近衛隊を任されている。交換するか?」

「……近衛隊なんてもっとガラじゃねえ」

「クロエは喜びますよ」


 仲良く言い合う二人にルナもクスクスと笑いながら混じる。


「あー……、ルナちゃ、ルナ様」

「今まで通りルナちゃんって呼んでください」

「ルナちゃん、エルヴィンのことだけど――」


 シモンが急に真剣な顔をしてエルヴィンの名前を出すので、ルナからも笑みが消える。


「エルヴィンさん、エルヴィンさんは無事なんですよね?」


 一緒に戦ってくれたはずのエルヴィンの姿が無いことに、ルナは急に不安になる。


「ああ、あいつも力の使い過ぎで気を失ってたけど、ルナちゃんの薬のおかげで元気だよ」


 シモンの言葉にルナはホッとする。


(じゃあ、何――?)


 いつになく真剣なシモンに不安を覚えてしまった。シモンの言葉を待つ。


「エルヴィンは、近衛隊に戻ることが決まりました」


 言いにくそうなシモンの代わりに、マティアスが言った。

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