第40話 議会

 その日は朝早くから議会が開かれていた。慌ただしく王位継承がされたため、儀式の準備、これからの国のことを話さなくてはならない。しかもルイードの結婚も決まり、王女を迎える準備やらで慌ただしい。


「ルナセリア王女、お迎えにあがりました」


 マティアスが離宮までルナを迎えに来ると、準備を終えたルナがいた。


 一通りの議題を終えた後、ルナは議会に顔を出すことになっていた。


「……髪を染められたんですね」


 ルナの金色の髪を見て、マティアスが驚きの表情を見せた。


「ルナセリアは金髪でしたから。それに、“黒”は魔女を連想させます。そんな要素を少しでも見せない方が良いと思いまして」

「お似合いですよ」


 マティアスはにっこりとルナを褒め称えてくれた。


 ルイードが用意してくれた空色のドレスは、ワンピースに慣れたルナには窮屈だ。


「やっぱり王女なんてガラじゃないわね」

「シモンみたいなことを仰る」


 ルナが溢すと、マティアスは眉根を少しだけ寄せた。そんな彼をルナは微笑ましく思う。


 旧友の二人の関係が羨ましくもある。離れた場所で国のために動いていた二人。これからはエルヴィンと自分がそんな関係になるのだろうか、とルナはぼんやり思う。


「今日、シモンは来てるの?」

「はい。エルヴィンも出席しておりますよ」

「エルヴィンさんが? 何で!?」


 騎士団長のシモンならわかるが、近衛隊のエルヴィンがなぜ、と思ったが、すぐに理解した。


「ああ、お兄様付になったとか?」


 ルナの問にマティアスは静かに微笑んで答えなかった。


 そうこうするうちに、城の議会場まで辿り着く。


 中ではちょうど、国民に魔女の功績を称えるふれを出すことが可決されていた。そしてルイードの声が聞こえる。


「そして、私が殺したとされていた我が妹だが、実は生きている――」


 瞬間、議会がどよめく。知っているのはルイード派の貴族の中でもごく一部だけ。


「先々王は宰相派閥によって暗殺された。その孫である私と妹は常に宰相に命を狙われる立場であったことから、私は妹を守るため、処刑をしたとして市井にルナセリアを隠すことにしたのだ」


 ルイードの――王の言葉に議会からは、さらににどよめきが起こる。


「魔女だからと粛清されたのではなかったのですか!?」


 貴族の一人から声が飛ぶ。


「妹は魔女ではない」

「太陽に焼かれたという噂がありましたが!」

「私も父から、王女が太陽のもと処刑されて焼かれて消えたと聞きましたが!」


 次々に貴族から質問が飛ぶ。ルナが処刑された頃の議会からは編成が変わり、爵位を継いだ次の世代も多い。


「……それは聖魔法の使い手の協力を得てした計画だった。ルナセリア、ここに」


 ルイードに名前を呼ばれ、ルナに緊張が走る。


「ルナセリア様」


 マティアスに促され、ルナはルイードの近くまで歩いた。貴族たちの視線が一斉にルナに集まる。


 ルイードの側にはシモンとエルヴィンが控えている。


「ルナ……!?」


 エルヴィンはルナの髪色を見て驚いていたが、シモンからすぐに制されて口をつぐむ。


 それでもエルヴィンの視線が真っ直ぐにルナに注がれる。


 久しぶりに見たエルヴィンの姿に、ルナの心臓は緊張と相まって、さらに高まる。


「ルナセリア」


 ルイードに促され、ルナはエルヴィンから視線を外し、兄の隣に立った。


「ルナセリア・ランバートです。初めましての方も多いと思いますが、私は兄のおかげでこれまで生きながらえてきました」


 ルナの登場に議会がさらにざわめく。

 二人並べば、兄妹だと一目でわかる。ルナが髪を金色に染めたことで、余計に面影が似かよう。


皆、第一・・王女が生きていたことに驚いている。目の前の喧騒の中、ルナは胸の前で拳を作り、すう、と息を吸った。


「宰相は魔女一族を根絶やしにしました。私たちに魔女の力はありませんが、その血を絶やそうと画策する宰相から命を守ろうと、兄は妹殺しの汚名を背負ってくれました」


 貴族たちからは「おお! そうだったのか、さすが陛下」「王女のために自らを犠牲になさるなんて」といった賛辞が聞こえてきた。


「私はその兄の恩を忘れることなく、王女ではありますが、今後一切の王族としての権利を放棄し、平民としてこれからも生きていきます」


 ルナが言い終わると、議会が揺れた。賛成するもの、反対するもので混乱だ。


「ルナ、後は私の仕事だ」


 微笑むルイードに、ルナは頷くと、貴族たちに背を向け、出口に向かって歩き出す。


「ルナ!!」


 エルヴィンに呼び止められ振り返ると、彼はなぜか焦ったような、困惑した表情でルナを見つめていた。


「エルヴィンさん、ありがとう。最高の戦友だったよ」


 そんなエルヴィンに笑顔を作り、ルナは言った。目の奥から熱いものが込み上げそうになるのを必死に耐える。


「さよなら」


 ルナはエルヴィンに告げると、ドレスの裾を持ち上げ、その場から走って出て行った。


 ルナの言葉に呆然としたエルヴィンだったが、すぐにハッとしてルイードに片膝を付く。


「陛下、申し訳ございません! 御前を失礼します!」


 そう言うとエルヴィンはルナの後を追って走り出した。


「あーあー、あいつ、陛下に今回の褒美のことで進言があるってここに来たんじゃなかったっけ?」

「話の中心であるルナセリア様がいないんじゃ意味ないですからねえ」


 シモンとマティアスが笑いながらエルヴィンを見送る。


「何だ、エルヴィンの申し出はルナを娶りたいとか、そういう話か?」

「いえ、ルナセリア様付の近衛になりたいって話ですよ」


 ルイードがニヤニヤとマティアスに聞くも、ばっさりと否定される。


「あいつ、まだそんな感じなのか!?」

「陛下、もしかしてルナ様を王女に戻してエルと結婚させようと考えていたんですか?」


 頭を抱えて呆れるルイードに、シモンが聞く。


「ああ。エルヴィンなら公爵家の息子だし、聖魔法の使い手で、王女の結婚相手として問題ないだろう。それに……あいつなら妹を大切にしてくれると思った」

「思惑がはずれましたね、陛下」

「結婚して子供ができて、その子が魔女の力を継いでいれば、魔女は増える。子供をたくさん作り、その子供たちがまた子供を生む。ルナもすぐにとはいかないが、生きている間に太陽の下に出られるんじゃないかと思った。……打算だな」


 ルイードは苦笑してシモンとマティアスを見た。


「陛下の手元にいなくたって、エルならルナセリア様をきっと幸せにしますよ。……まだ先になりそうですが……」

「あいつの場合、やっと自覚したってところか?」

「そうですね。あの出て行った時の表情……」


 ぶふっとシモンとマティアスは互いを見て笑い合った。


「お前ら、楽しそうだな。私はこれからこの議会を収拾しなくてはならないのに」

「シモンとまたこうして話せるようになって感謝しておりますよ、陛下」

「陛下、頑張ってください。俺らもついていますから」


 ふう、と大きく息を吐いたルイードに、マティアスは静かに笑い、シモンはニカッと笑った。


 その二人を見てルイードも口元が緩んだが、すぐに王の顔に戻り、議会場にいる貴族たちを取り仕切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る