第106話 【9月下旬】火乃香とバイトと擦れ違い⑪(※)
「――兄貴の
平静と真顔で囁きながら、
期待と不安に全身の筋肉が硬直する。
このまま流れに身を任せれば、どれほどの快楽を得られるだろう。
なにせ火乃香がウチに来てから、俺の中の情動は蓄積するばかり。
いつ爆発してもおかしくなかった。
日々増していく欲望の火薬を、『理性』と『常識』という名の箱に押し込めて。
なにより火乃香は若く可愛い女子高生。その初めての男になれるなんて、俺の人生で今後ある筈も無い。
「……」
魅惑の幻想、
情動の悪魔が幾度も俺を惑わしに掛かる。
まるで麻薬のようなその声に、俺はとうとう思考を止めてしまった。
だけど俺は、ウエストに手を掛ける火乃香の両腕を掴んで止める。
「ダメだ……火乃香」
苦々しくか細い声で告げると、火乃香はゆっくりと顔を上げた。
ジトリと鋭い
俺の言動を予想していたのか、はたまた意外だったのか。火乃香はあっさりと俺のパンツから手を離した。
「どうして、ダメなの?」
「当たり前だろ」
「それじゃあ分かんない。納得できない」
努めて冷静に、だけど力強く火乃香は問い返す。
じっと真っ直ぐに、俺の眼を見つめながら。
そんな彼女に反して、俺は情けなく視線を逸らしてしまう。
火乃香は小さく息を吐くと、俺の前に座り力無く顔を塞いだ。
「もしかして兄貴……わたしのこと嫌いなの?」
「そ、そんな訳ないだろ!」
「じゃあわたしに魅力ない? 子供っぽい?」
「それも違う! お前は……魅力的だよ、今まで俺が出会った……誰よりも」
「じゃあどうして、わたしのこと
「それは……」
今にも泣き出しそうな火乃香を前に、俺はオドオドと言葉を
だけど上手い返しが見つからない。
ただモゴモゴとウサギみたく、唇を動かすことしか出来なかった。
「やっぱり……泉希さん?」
ドキリ、火乃香の言葉に心臓が跳ねた。
まるで頭の中を見透かされたようで、鼓動が一気に加速する。
誤魔化そうか。
そんな思考が脳裏を
正直に話せば、火乃香を傷付けるかもしれない。
そう言い訳をして、自分を守ろうとした。
けれどすぐに考えを改めた。
火乃香が包み隠さず本心を語ってくれたのに、俺が嘘を吐くのは違うと思った。
彼女の覚悟に対して、それは不義理にしか思えなかった。
「……」
だけど俺には、声に出す勇気が無かった。
コクリと小さく頷く事しか出来なかった。
弱い心が重みとなって、俺の
落とした視界の端に自分の足が映っている。
股間の
心なしか、少しだけ頭も冷えて。
「俺にとって、泉希は特別な存在なんだ。アイツが居てくれるから、今の俺が
決して視線を上げることなく、俺は火乃香に語りかける。
火乃香は頷くことも答えることもなく、ただじっと
「アイツが居てくれるからお前とも暮らせる。好きとか嫌いとか、そんな二元論で片付けられる感情じゃないんだ。だから――」
そこまで言いかけると、火乃香が唐突と俺の口元を指先で塞いだ。
動きを止められた口先は、言葉をも
驚く自分と並んで、ほっとする自分が居た。
何を言えば良いかは分かっていた。
言うべき言葉は理解していた。
だけど言いたくなかった。
言葉に出したくなかった。
だから火乃香が指を離しても、俺が二の句を継ぐことは無かった。
薄闇の中、俺と火乃香は半裸のまま向き合う。
目線を合わせず一言も発さず、俺達はただ俯いたまま言葉の迷路に迷う。
「……そうじゃないかと、思ってた」
言葉の迷宮に迷う俺を
相変わらず顔を伏せているけれど、口元には薄く笑みが浮かんでいる。
「わたしも、泉希さんなら良いと思った。わたしなんかと違って頭も良いし、お金持ちだし、美人で大人だし」
「火乃香……」
「だからわたしも、一度は諦めようと思った。泉希さんに譲ろうと思った。わたしは
言い終わると同時に、火乃香はスッと顔を上げた。
目を細めて口角を上げ、柔和に微笑んで。
だけど貼り付けたようなその笑顔が、俺には痛々しくて
「風間くんとのデートドッキリで、兄貴がわたしの事を大事に想ってくれてるって分かったし。わたしの事を愛してくれてるって理解できたし。
だから泉希さんとも仲良くしようと思った。もしかしたら泉希さんも、私の家族になるかもしれないと思ったから。だから旅行の時も……沢山たくさん我慢してた」
チラリ、火乃香はキッチンに視線を遣った。
視線の先は狭いキッチンカウンター。そこに置かれた紅白の
「けど、やっぱり無理だった。兄貴を譲るとか、そんなの出来る訳ない」
声のボルテージを徐々に上げながら、火乃香は俺の右手に手を重ねた。
「泉希さんの事が大切なのはわかる。特別な人だっていうのも理解できる。
兄貴にとって恩人だっていうのも、色んな思いがあるのも分かってるつもり。それでもわたしは一番になりたい……兄貴の一番に」
言葉を重ねる度、火乃香の指先に力が籠もる。
そしてそのまま、火乃香は俺の胸に抱きついた。
背中に回された腕に、力が込められて。
「兄貴を、わたしだけの兄貴にしたい」
そう言って火乃香は瞳を閉じ、唇を
-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------
更新が滞ってしまって御免なさい! ここ最近少し忙しくてあまり書けていないのが現状です。本当に申し訳ありません……。
次回の更新日は2024年07月19日(金)を予定しています! また少し空いちゃうけれど、お待ち頂けると嬉しいです!
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