第105話 【9月下旬】火乃香とバイトと擦れ違い⑩(※)

 「――兄貴の全部……わたしに吐き出して」


甘い声音で囁き掛けるよう言うと、火乃香はそっと俺のズボンに手を伸ばした。

 得も言われぬ快感と背徳が全身を覆い、俺の肌を泡立たせる。

 襲い掛かる煩悩の悪魔を払い退け、俺は火乃香の両腕を掴んだ。


「ほ、火乃香! ちょっと待――」

「待たない。もう我慢できない。もう自分の気持ちに、嘘つきたくない」


慌てふためく俺を尻目に、火乃香は無理矢理とズボンを引きり下ろした。

 『剥ぎ取った』と表現するほうが正確かもしれない。タイトなデニムではなく、緩いスウェットを履いていたのがわざわいした。

 不格好にボクサーブリーフを晒す俺を見つめながら、火乃香は一糸いっしまとわぬ姿で俺の膝に乗りかかる。

 はたから見れば俺が火乃香を膝に抱えているのかのような格好。

 熱く柔らかく、ほんのりと濡れる感覚。

 その全てが俺の理性を蹂躙じゅうりんする。


「いや、ちょっ……お、お前疲れてるんだろ! 怖いことがあったから……あ、頭が混乱してるんだよな!」

「混乱なんかしてない。人生で今は一番冷静だし。てゆーか、むしろ今までの方が頭おかしくなりそうだった」


その言葉が表す通り、俺にまたがる火乃香は淡々と言葉を並べた。

 落ち着いた声音にも関わらず迫力ある雰囲気に、俺は何の言葉も返せなかった。


 「本当はずっと我慢してた。義兄妹きょうだいだからダメだって自分に言い聞かせた。気持ちを押し殺してた。無理に迫ったら嫌われるかもしれないって、一緒に暮らせなくなるかもしれないって自分を抑え込んでた」


恥じらう様子も躊躇ためらう素振りも見せず、火乃香は俺の体に体を密着させる。

 ふくよかな胸が押し付けられて、言葉に出来ない心地よさが血液を沸騰させた。

 鼻腔びくうくすぐる石鹸の香りが、だる脳に一層と熱をもたらして。

 

 ――チュッ……。


その時だった。

 呆然とする俺の首に、火乃香が唇をわせた。

 唾液を弾く舌の音が、俺の鼓膜を震撼しんかんさせる。

 火乃香の全てが俺の五感を攻め立てる。

 火乃香の全てが理性という城壁を崩しに掛かる。


「や、やめろ火乃香!」

「なんで」

「なんでって……き、汚いだろ!」

「汚くなんかない」


返す刀で、火乃香はまた俺の首筋に口を這わせる。

 どころか今度は舌を突き出し、浮かんだ汗を舐め取るかのように。


「ちょっ、火乃――」

「前にも言ったけど、兄貴を汚いとか臭いとか思ったこと無い。むしろ兄貴の体温も匂いも汗も、もっと感じたいし……もっと味わいたい」


神経をなぞる甘い声で囁けば、火乃香はおもむろに自分の乳房を掴んだ。

 椀型わんがたの双丘が水風船みたく形を崩し、俺の眼前で揉みしだかれる。


 「兄貴が居ない時、洗う前の兄貴の服を抱いて、兄貴のこと想いながらいつも一人でてた。自分で自分を慰めてた」


僅かに頬を紅潮させ、火乃香は「んっ……」と小さくあえいだ。

 胸を掴んだ右手は上下左右に動き、空いた左手は薄い鼠径部こかんへ向かう。


 「だけど……こんなことしても兄貴への気持ちが大きなるばっかで、全然収まってくれなかった。この一カ月、兄貴とロクに話せなくて寂しかった。本当はもっと兄貴の声を聞きたかったし、兄貴に甘えたかった。でもそしたら……抑えが効かなくなりそうで怖かった」


尻すぼみに言いながら、火乃香は凍えるかのように自分の身体を抱き締めた。

 かと思えば火乃香は俺に寄り添い、吸血鬼みたく首筋を甘くんだ。

 洗い息遣いが耳朶じだを撫でるたび、脳細胞が壊死していくかのよう。

 腕はおろか指先に力を入れる事も叶わない。


 唇の柔らかさと歯の固い感触が、寄せては返す波のように俺を翻弄ほんろうする。

 舌で唾液をこする音が耳元に響くたび、俺の背筋に痺れをもたらす。

 

 朦朧もうろうとする意識の中、火乃香は唐突と俺のTシャツを捲り強引に脱がせた。

 汗で湿った上半身を晒し、いよいよ俺の身を守るものはボクサーブリーフただ一枚となる。

 そんな俺を火乃香は強引に押し倒し、ベッドに横たわらせた。

 仰向けになる俺の腹上へ勢いよく跨れば、火乃香はを広げ指をしならせ、俺の胸や脇腹を撫で回して。


 ひとしきり俺の胸板や二の腕に指を這わせれば、火乃香は俺の上に跨ったまま前屈みに腰を折った。

 息がかかる距離まで顔を近付ければ、口をすぼませ俺の乳首に吸い付いて。


「うっ……!」


あまりの衝撃に思わず声が漏れ出た。

 情けない俺の声に悪戯心が湧き上がったのか、火乃香は尚も胸や腹に唇を刺す。

 あろうことか、臍の穴にまで舌を差し入れて。

 今までに味わった事の無い衝撃に、ビクンッと体が跳ねた。

 そんな俺の反応に火乃香は何を思ったか、くすりと口端くちはに笑みを浮かべる。


 「兄貴が望むなら、わたしどんな事でも出来る。兄貴がして欲しい事なら、何でもしてあげられる。他の女じゃ嫌がることも、わたしは出来る。わたしなら兄貴の全部を受け止めてあげられる。だから……」


もぞもぞと身体を動かし、火乃香は俺の上から退いた。

 ほっと安堵に胸を撫で下ろす暇もなく、火乃香はマッサージみたく張り詰めた俺の股間を撫で触る。

 

 「……兄貴の遺伝子ぜんぶ、わたしにそそいで」


火乃香の指先が、俺のボクサーブリーフに伸ばされた。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


ほ、火乃香ちゃんて匂いフェチだったのかしら……。

ちなみに私も悠陽の体臭が気になった事は無いわ! 悠陽は患者様や業者さんと接するから、香料スプレーとか使って普段から匂いには気を付けているみたいよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る