第104話 【9月下旬】火乃香とバイトと擦れ違い⑨(※)

 「――わたしはもう、兄貴しか好きになれない」


熱のこもった視線と共に、火乃香ほのかが囁いた。

 

 嘘や冗談じゃない。その眼からは確固たる意志と覚悟とが伝わってくる。

 まるで神話に出て来るゴルゴンの眼差しが如く。俺は身動きを取ることはおろか一言も発せず、流れに身を任せるしか出来ないでいた。


 気付けば火乃香が、俺に唇を重ねていた。

 

 潤んだ口唇が俺の口に触れた刹那、微弱な電流が全身を駆け抜ける。

 電流のせいか、身体が痺れて動けない。

 動こうという意識さえ起こさせない。

 

 数瞬か数刻か。

 時の流れが曖昧あいまいになる。


 今すぐ離れるべきだ。

 それは分かっている。

 だけど体が動かない。

 永遠にこうしていたい。 

 

 思考と感情が相反あいはんして頭の中が真っ白になる。

 湯気のように脆く儚く、意識が揺蕩たゆたう。


 「ファーストキス……兄貴にあげちゃった」


四つの手ついた体勢で、火乃香は頬赤く含羞はにかんだ。

 甘く痺れる官能の残滓ざんし

 俺の意識はいまだ宙を舞って地に足をつけない。

 そんな俺とは裏腹に、火乃香は力無く俯いて。


 「兄貴はさ……初めてじゃ、ないよね」

「え……いや……」


顔を伏せて微苦笑を浮かべる火乃香に、俺は言葉を濁し視線を逸らした。

 なんと答えれば良いか分からなかった。

 冷や汗を浮かべ言葉を探す俺に、火乃香は乾いた笑みを浮かべる。


 「いいよ別に、無理にフォローとかしなくて。兄貴は大人なんだし……それが普通だよね」

「火乃香……」

「安心してよ。相手が誰とか、わたしそんなこと気にしないから。今までどんな女と付き合ってきたかとかも。どんな恋してきたとかも……蒸し返したり、しないから」


自嘲気味に押し殺したような声色で、火乃香は両手を固く握った。

 その姿はひどく儚げで、今にも消えてしまいそうな灯火ともしびのよう。

 触れれば手折たおれてしまいそうな程に。

 にも関わらず、力の限り抱きしめたい。

 この身全てで、彼女の存在を確かめたい。


 火乃香がいとおしくて……たまらない。

 

 そんな俺の想いを読み取ったみたく、火乃香は俺の頬にそっと手を触れた。

 白く冷たい指先が、火照った肌に心地よい。

 反して放たれる視線は、尚も熱を増して俺の眼と意識を釘付ける。


 「だけど、わたしの初めては全部兄貴にあげる。ううん、兄貴に貰って欲しい」


蠱惑的な声と、誘惑的な言葉。

 甘く包み込むような囁きを伴い、火乃香は俺の股間に手を伸ばした。

 いきり立った俺のが、ズボンの中でテントを張っている。


 欲望と悪意を体現したような姿。

 理性の欠片も感じられない粗暴な様にも関わらず、火乃香は優しく愛でるかのように服の上から指で撫でた。

 布越しにも伝わる快感と痺れが、ゾクリと俺の背筋を震わせる。


 火乃香の白い指が動く度、足の先が痺れて意識が遠退とおのいていく。

 パンパンに膨らんだ風船みたく、いつ破裂してもおかしくない。


 俺は震える手で、火乃香の肩を掴んだ。

 それに応えるみたく、火乃香は何も言わずそっと瞼を下ろして。


 し上がる衝動。

 身を委ねれば、どれ程の快楽を得られるだろう。

 このまま欲望の炎に身を焼いてしまえば、どれ程満たされるだろう。


「……っ!」


だけど俺は歯を食い縛った。

 痛い程に唇を噛み締めて、寄り添う火乃香の身体を引き剥がした。


 「……兄貴?」

「やめろ……火乃香。お前、自分が何やってるのか本当に分かってんのか」

「当たり前じゃん。子供じゃないんだから」


ムッとした様子で火乃香は眉根を寄せた。

 それと同時、火乃香は薄暗い部屋の中をぐるりと見回して。


 「この家に来た時とは違う。仕方なくとか、代償とかそういうのじゃない。本当に兄貴のことが好きだから。もっと兄貴のことを知りたいから、もっと兄貴のこと……感じたいから」


まるで昔を思い出すかのよう、室内をぐるりと視線で一周すれば、火乃香はまた俺を正面に見据える。


 「兄貴だって、本当はわたしとしたいんでしょ」

「そ、そんなわけないだろ!」

「嘘。わたしの胸とか足とか、兄貴いつもチラチラ見てたじゃん」


ギクリ、飛び出るかと思うほど心臓が震えた。

 上手く隠せているものとばかり思っていたから。

 目を逸らす俺に、火乃香は小さな嘆息を吐いた。


 「気付いてたよ。けど嫌じゃなかった。ううん、むしろ嬉しかった。兄貴もわたしのこと、女として見てくれた証拠だから」

「お、女としてって……」


ギクリ、また心臓が跳ね上がった。

 恐る恐ると火乃香を見遣れば、仕方がないという風に微笑んでいる。

 そうしてまた俺の前に四つの手を付けば、白い胸と谷間が一層と強調されて。


 「兄貴、私の体で興奮してたんだよね。気付いてたよ、いつもココをててたの。わたしがくっつく度に意識してくれてたんだよね」

「そ、それは……」

「誤魔化さなくてもいいよ。嫌とかじゃないし。むしろちょっと嬉しかった。必死に隠そうとしてる兄貴、なんか可愛かったし」


淫靡な笑みを浮かべながら、火乃香は俺の太腿ふとももを優しく愛撫する。

 相変わらず膨張しきったままの俺の股間を見つめながら。


 「これからはもう……無理しなくていいよ。わたしも我慢しないから」


太腿を撫でる手が、徐々に上がっていった。

 火乃香の指先が俺の膨らんだ股間に達するまで、時間は掛からなかった。


 「兄貴の中に溜まってるものも、想いも……全部わたしに吐き出して。兄貴がして欲しいことなら、わたしはどんな事でもしてあげる。ううん、させてほしい」


言葉を重ねる度に火乃香の手は上を目指し、気付けばズボンのウエストバンドに手を掛けていた。


 「兄貴の全部……わたしに吐き出して」


そう言いながら、火乃香はゆっくりと俺のズボンを下ろす。


 言葉に出来ない期待と快感が、鳥肌となって俺の全身を覆った。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


こ、これは大丈夫なのかしら。ハッキリした単語は出てきてないしBANされたりしないわよね……。

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