第103話 【9月下旬】火乃香とバイトと擦れ違い⑧(※)
何事かと思い頭を
「な……なにやってんだ、お前! 早く服着ろ!」
裏返った声を張り上げて、俺は真っ赤に染まる顔を逸らした。
明かりが消されたとはいえ、窓から差し込む外の光が火乃香の
おまけに少しずつ目も慣れてきてしまった。
間違っても凝視する訳にはいかない。
俺はぎゅっと固く目を閉じた。
だが分かっていても、男の本能がそれを許してくれない。
薄っすらと横目に火乃香の肌を追ってしまう。
そんな俺の
ペタリ、ペタリ……裸足で床を擦る音が暗い部屋の中に
そうしてベッドに座る俺の眼前に立てば、火乃香は真顔で俺を見下ろした。
視線を合わせようにも、目のやり場に困る。
月明かりのせいか、旅館で見た時よりも妙に色気が漂って。
「ねぇ……兄貴」
脳味噌が沸騰寸前の俺と打って変わって、火乃香は冷ややかに呟いた。
その表情には羞恥も笑顔も無い。
まるで彫刻品のよう。
けどだからこそ、言葉に出来ない美が孕んで。
「抱いて……わたしのこと」
本能を
眠気など、とうの昔に吹き飛んで。
「……今日の話」
「……え」
「今日の話。あれ、全部本当の事だった。あの店長からセクハラされてたのも全部。あの時は言葉を濁したけど、肩とか腰とか……あの男に、身体じゅう触られてた」
俯き加減に言いながら、火乃香は胸の前でぎゅっと両手を重ね合わせた。
形の良い乳房が押し付けられ、俺の視線と意識を否が応にも絡めとる。
まさかこの胸にも、あの男は触れたのか。
想像しただけで怒りが込み上げてくる。
だがそれ以上に気掛かりなのは、火乃香の様相。
先程までの無表情とは打って変わって、
「辛かった。苦しかった。わたしの体が、あの男に塗り替えられていくみたいで。いつか心も汚されるんじゃないかと思うと……すごく、怖かった……」
声を重なる度、火乃香は小刻みに肩を震わせた。
まるで子猫か小動物のよう。
こんなに怯える火乃香は初めて見た。
いつも気丈に振る舞っていたから、物怖じなんて言葉とは無縁だと思っていた。
でも、そうじゃなかった。
大人びてはいるけれど、火乃香はまだ15歳の高校生なんだ。
怖い事も辛い事も沢山ある。
ただその姿を俺に見せないように、俺に心配をかけないように気を遣って、ずっと言い出せなかったんだ。
そんな事さえ俺は分かっていなかった。
気付いてやれなかった。
後悔と怒りが、津波のように押し寄せる。
意図せず視線も落ちてしまう。
そんな俺とは裏腹に、火乃香は
「だから、兄貴にわたしを抱いてほしい。あの男に触れられた所を、兄貴の温もりで上書きしてほしい。わたしは……わたしの全部は、今までもこれからもずっと……兄貴だけのものだから」
理性を揺さぶるような言葉と共に、火乃香はベッドに手をつけた。
ギシ……とシングルベッドが柔く軋んで、火乃香が身を乗り上げる。
重力に逆らえず少し垂れた形の良い乳房。
つい目線が釘付けになってしまう。
そんな俺の視線に何を思ったか、火乃香は俺の右手を取ると自分の胸に誘い、掌を押し付けた。
白く繊細な義妹の胸を、俺の武骨な右手が鷲掴みにしている。
掴んだ指先に伝わる柔らかな感触。
掌を押し返す小さな突起。
冷たく
その全てを認識するには、時間が掛かった。
「わたしの全部、兄貴の色で染めてほしい」
その言葉に俺は漸く思考を取り戻した。
慌てて火乃香の胸から手を放し、
だけど狭いベッドの上。
行き場はすぐに無くなった。
壁に背中を付けて、俺は慌てふためくより他に無かった。
「ちょっ、火乃香! なに馬鹿な事言ってんだ! そんなことできる訳ないだろ!」
「どうして」
「どうしてって……俺たち
「関係ない」
「関係あるわ! 第一、そういうのは本当に好きな相手としか――」
「好きだよ」
薄闇の中で
俺は間抜けに口を開いたまま、声を出す事はおろか閉じる事さえままならない。
「わたし、兄貴のことが好き。義兄妹としてじゃなく、一人の男として」
羽音のように儚く消え入りそうな声。
だけどその声は甘く切なく、酸のように俺の理性を溶かしていく。
だけどその声は固く重たく、蜜のような官能となって粘り付く。
氷を思わせる冷たい表情に反して、火乃香の眼差しは燃えるように熱い。
「今日の兄貴、ヒーローみたいで
微塵とも笑みも浮かべず真っ直ぐに俺を見つめて、火乃香はズイと顔を寄せた。
息の掛かる距離に火乃香の顔がある。
大人の色香と子供の純粋さが混在する顔立ち。
「わたしはもう、兄貴しか好きになれない」
官能的な言葉に理性が緩む。
動く事も声を発する事も叶わず、ただ流れに身を任せる事しか出来ないまま。
そっと静かに、火乃香は瞼を下ろした。
そして静かに、薄紅色の唇を俺の元へ寄せる。
火乃香の甘い香りが、俺の鼻腔を
火乃香の柔らかな唇が、俺の体を麻痺させる。
火乃香の熱が……俺を狂わせる。
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えっ……嘘でしょ。
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