第92話 【8月上旬】お盆休みと出雲旅行⑩

 「――ふぇっくしょい!」


朝っぱらから盛大なクシャミを放ち、俺は大浴場に向かった。

 昨夜ゆうべはとことん体を冷やしたせいで、朝から鼻水がズルズルだ。


 温泉の効能かの効果か、風呂から上がった頃には良くなっていたけれど。

 火乃香と泉希も朝風呂を利用したらしい。

 「背中を流し合った」と自慢された時は、思わず逆上のぼせそうになった。


 朝食も昨夜と同じ食事処で、こちらもバイキング形式だった。

 夕食に引けを取らないくらい豪華な内容で、和食も洋食も大いに堪能できた。

 やはりというべきか、フライドポテトが無かったのが残念だった。

 『朝食バイキングにはポテト』というのが俺の定番だったのだが。

 

 8時に朝食を終えて部屋で少しばかり休憩したあと、俺達は荷物をまとめた。

 一部のアメニティは持って帰っても問題ない事を火乃香に伝えると、バスタオルやトイレットペーパーまで持って帰ろうとしたので慌てて止めた。


 10時過ぎに旅館を出てキャリーケースを車に詰みこみ、貴重品だけ持って【神門しんもん通り】へ向かう。

  散々迷った挙句、オフクロへの土産は十割蕎麦と寒天ゼリーをチョイスした。

 

 焼きたての煎餅せんべいが食べられる店で、火乃香は何故か金平糖を買っていた。

 紅白のれ物に、二羽のウサギが描かれていた。縁結びで有名なだけあって、恋愛やカップルを想起させるデザインだった。


 やはりと言うべきか、泉希は酒を自分用の土産に選んでいた。余程美味かったのかホテルの売店に売られていたのと同じマスカットのワインを。


 俺はというと、三人分の箸を買った。

 箸なら普段使いも出来るし無駄にならない。なにより豪華で高価な箸で食事をすれば、飯もより一層と美味くなる気がした。

 店を出てから火乃香と泉希に分けると、二人ともいたく喜んでくれた。


 買い物をして腹もこなれたので、皆でぜんざいを食べに向かった。

 暑い夏の日に温かいぜんざいは如何なものと不安だったが、一口食べて杞憂だったとすぐ理解した。

 病みつきになるような美味さで、餡子あんこの優しい甘さに頬が落ちそうになった。

 箸休めに漬物が添えられていたのには驚いた。


 「ここから少し行った所に、海があるんだって」


火乃香の鶴の一声で、俺達は近くの海に向かった。

 青く澄み切った空に、荒々しい灰色の海原。

 寄せては返す波が豪快で、日本海の広大さを肌で感じられた。

 そんな白い波打ち際に、ポツンと大きな岩がそびえ立っていた。

 3階建てのビルより少し小さいくらいか。

 頂上付近にはほこらやしろまつられていた。

 聞けばここは『稲佐いなさの浜』と言う海辺で、神話の舞台にもなっているらしい。なにやら年に一度、神在月かみありづきには全国の神様が参集されるとか。


 そんな霊験あらたかな波打ち際を、火乃香と泉希が裸足で駆け回っている。

 押しては返す波と戯れる二人の姿に、トレンディドラマを想起させられた。


 ひとしきり海を堪能して、俺たちは出雲市を後にした。帰り際に出雲大社へお参りしなくて良いのかと火乃香に尋ねれば、「何度も行ったら神様も気を遣うかもだし」と首を横に振った。


 帰り際に見かけたワイナリーに泉希は心惹かれていたが、帰りのことを考えると立ち寄っている時間は無かった。

 澄み切った青空の下、出雲市内を抜けて高速道路に入り車を走らせる。

 高速の乗り口付近は混んでいたけれど、走り出せば案外スムーズに進んだ。


 あっと言う間に蒜山ひるぜん高原SAサービスエリアに到着した。

 来る時には食べれなかった名物のチーズケーキを堪能できて、火乃香は御満悦といった様子だった。

 その後もSAで止まり、往路いきでは控えていた名産を味わって回った。


 予想よりも順調に進んだが、兵庫県に入った辺りからは少しずつ混み出した。

 泉希を家に送り届けたのも20時過ぎになった。

 「上がってお茶でも飲まない?」と誘われたが、泉希も疲れているだろうからと丁重に断った。

 

 晩飯に何か買って帰るか問い掛けたが、さすがの火乃香も満腹らしく「今日はもう帰って寝たい」と首を横に振った。

 それでも俺達が家に着いたのは21時だった。

 無事我が家に辿り着いた安心感から、疲れと汗がドッと噴き出した。


 クタクタに項垂れながらシャワーを浴びる俺とは裏腹に、火乃香はキャリーケースから土産と洗濯物を取り出した。

 風呂から上がり携帯電話を確認すると、泉希からメッセージが届いていた。


 <昨日と今日と、本当にありがとう>

 <とっても楽しかったわ!>

 <運転お疲れ様でした>

 <ゆっくり休んでね!>


ウサギが寝ているスタンプが添えられている。

 文章で応えると気を遣わせてしまいそうなので、俺も犬がお辞儀するスタンプを一つだけ返した。


 携帯電話の電源を切ってベッドに転がると、少しして火乃香も風呂から出てきた。

 てっきり土産でも物色するかと思いきや、火乃香もいそいそと布団に潜り込んでくっついてくる。

 何が嬉しいのかニコニコと微笑み浮かべ、俺の腕を枕代わりにして。


 「ねぇねぇ兄貴」

「んー?」

「旅行、楽しかったね!」

「そうだな」

「運転お疲れ様。体しんどくなってない?」

「おう。まぁ久しぶりで少しは緊張したけど」

「お義母かあさんに車返しに行かないとね」

「だな」

「お土産、喜んでくれるかな」

「大丈夫だろ」


言いながら大きく欠伸をかますと、感染ったように火乃香も「ふぁ〜」と可愛く息を吸い込む。

 目尻に浮かんだ涙を拭い、火乃香はうつらうつらと船を漕ぎ出した。


「お前も疲れただろ。無理せずもう寝ろよ」

「うん……ねぇ、兄貴……」

「んー?」

「わたし……兄貴の義妹いもうとになれて本当に良かった。兄貴と出会えたこと……神様に……御礼……」


微睡まどろむ声で囁けば、火乃香はスヤスヤと寝息を立て始めた。

 そんな義妹が愛おしくて切なくて、俺は火乃香を抱き寄せ優しく頭を撫でた。


「俺もお前が義妹で良かったよ……火乃香」


耳元で囁き掛け、俺は火乃香の身体をぎゅっと強く抱きしめて……。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


長かった旅行編もようやく終わりね! 私も今までの人生で旅行なんて殆ど行った事が無かったから、とても楽しかったわ! 

ところで悠陽がお土産に買ってくれたお箸は、夫婦箸で有名なお店らしいけど、もしかして……。

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