第89話 【8月上旬】お盆休みと出雲旅行⑧(※)

 ホテルの貸切風呂を使っていると、火乃香ほのかが乱入してきて体を洗ってくれた。

 洗体が終わって出ていくかと思いきや、火乃香はそのまま居座った。

 どころか、体に巻かれているバスタオルをハラリと床に落として。

 

 いや、落としたのではない。

 火乃香が自ら取り外したのだ。

 純白のヴェールから解き放たれて、義妹いもうとの肢体が光下こうかに晒される。

  

 細い体躯からだを覆う絹のような柔肌はだ

 スラリと伸びる手足に、きゅっとくびれた腰。

 余計な脂肪など一切ついていない。

 

 桃のような尻は引き締まり、ツンと上向きの胸には薄桃ピンク色の乳首が添えられて。

 パフェの上に乗るサクランボが思い出された。

 火乃香の白い肌にはよく似合う。


 心なしかウチに来た頃より、少しだけ胸が大きくなった気がする。

 大人っぽい身体付きに反して、毛はかなり薄い。

 何処どことまでは言わないが。


 そんな火乃香の裸体を前に、俺の中から羞恥心や欲情なんてモノは消えていた。

 嘘じゃない。

 本当に、芸術作品を前にしている心地だった。

 その美しさに、ただ視線と心を奪われて。


 「あのさ兄貴。そんなじっくり見つめられたら、流石に恥ずかしいんだけど」

「あ……わ、悪い!」


ほんのりと頬を染めてはにかみ、火乃香は床に落としたタオルを拾い上げた。

 ドアの手摺りにそれを掛ければ、そっと鏡の前へ腰を落ろす。


 俺は漸くと我に返り、湯の中へ視線を逸らした。

 姿を消していた羞恥心とリビドーが首をもたげて、みるみる内に顔が熱くなる。

 居た堪れず背中を向けるも、湯気越しに見えた姿が脳裏に焼き付いて頑なに離れてくれない。


「つ……つーかお前! なに脱いでんだよ!」

「なにって、タオルしてたら洗えないじゃん」

「ま、まさか……お前も湯船に浸かるのか?」

「当たり前でしょ。ここお風呂なんだから」


まるで俺が常識はずれかのように、火乃香は平静と応えた。

 スッポンポンのくせに。

 だけど俺も脳が沸騰していて、言い返す言葉すら見つからなかった。


 このままではいけない。

 色々とマズイ事になる。


 心を落ち着かせるべく、俺はガラス窓の向こうに視線をやった。

 だけどそこにも、火乃香の裸体が映りこんで。

 風情ある夜の景色も、今だけは酷く恨めしい。

 何処に視線を置いて良いか分からずに戸惑っていると、火乃香はシャワーの蛇口を捻り頭から湯を被った。

 どうやらシャンプーから入るみたいだ。


 ――今だ!


心の中で叫んだ俺は湯船から飛び出した。

 火乃香に背を向けたまま、脱衣所へ逃げ込む。

 急いで体を拭き浴衣を羽織って、髪も乾かさないまま外の扉へ手を伸ばす。


「火乃香! ちゃんと鍵掛けとけよ!」


振り返りざま浴室に向けて声を張り、勢い付けて廊下へ飛び出す。

 そのまま部屋に戻ろうかとも思ったけど、扉の上の掲示灯が点くまで待った。

 

 10分程してチラと扉が開かれ、「兄貴のバカ」と火乃香が恨みっぽくささやいた。

 弁解も言い返す余地もないまま扉は施錠され、【入浴中】の明かりがともる。

 

 すっかり冷めた体でもって、俺はくしゃみ混じりに部屋へと戻った。

 折角の温泉だと言うのに。


 だが俺の悪夢は、これで終わりではなかった。



 ◇◇◇



 部屋に戻った瞬間、俺は言葉を失った。

 なにせ泉希が、顔を赤く気持ち良さそうに眠っているのだから。

 スヤスヤと寝息を立てて襟元をはだけ、額にほんのり汗を浮かべている。


 見ればローテーブルに、酒の瓶が転がっている。

 一階の売店で購入したマスカットのワインだ。

 空っぽの瓶を手に取れば、『アルコール度数12%』と記載されている。

 酒が弱いクセに、何故いつも潰れるまで飲むのだろうかコイツは。


「……まあいいや」


浴衣が入っていたクローゼットからブランケットを取り出し泉希に掛けてやり、俺は忍び足で脱衣所へ向かう。

 目的は室内風呂。

 貸切風呂を中途半端に出たから、冷えた体を温め直したいのだ。


 あっと言う間に風呂が湧いて、俺は浴衣を脱ぎ去り湯船に飛び込んだ。

 温泉ではないけれど、体を温めるには充分だ。

 どころか、ウチの風呂より綺麗かもしれない。

 流石はオフクロの選んでくれたホテルだ。

 背筋を伸ばし、俺は白い天井を仰いだ。


 その時だった。


 浴室の向こうから、カサコソと物音が聞こえた。

 泉希がトイレにでも起きたのだろうか。

 この部屋は脱衣所を中継する形で風呂とトイレがあるからな。

 洗面台も脱衣所に併設されてるし。

 俺は湯中に身を沈めて気配を殺した。

 俺が風呂場ここに居ては気が気じゃないだろう。

 そう思ったからだ。

 だが、その直後。


 ――ガラッ!


浴室のドアが勢いよく開かれ、素裸まっぱの泉希が浴室に踏み込んできた。


 先程の火乃香と違って、泉希は体にバスタオルを巻いていない。

 ハンドタオルを一枚だけ握りしめ、殆ど生まれたままの姿で。


 ゴクリ……と、固唾に喉が鳴った。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


夕食の時に呑むのを我慢していたから、つい誘惑に負けてワインを開けちゃったの。フルーティな味と香りが絶品で、あっと言う間に一本開けちゃった。

それがまさか、あんな事になるだなんて……。



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