第88話 【8月上旬】お盆休みと出雲旅行⑦(※)

 ホテルの貸切風呂を使っていると、浴室のドアが唐突と開かれた。


 何事かと思い振り向けば、あろうことか火乃香ほのかが立って居るではないか。

 それも浴衣を着ていない姿――裸にバスタオルを巻いた格好で。


「ほ、火乃香!? おま、何やって……」

「背中流したげようと思って!」

 

言うと火乃香は白い歯を見せ、「にひひ」と悪戯っぽく笑った。

 そうして俺の後ろに回れば、両膝ついて俺の前にある石鹸へと腕を伸ばした。

 恥ずかしさと驚きに言葉を失ってしまう俺を尻目に、火乃香はシュコシュコと掌で泡を作っていく。


 「はい、じゃあ洗っていきますねー」


何故かお店っぽい口調と声色で、火乃香はにっこりと微笑んだ。

 ほのかにはにかんだ笑顔は魅力的だ。

 だがそれを押して、肉付き良い胸元や太腿ふとももへ視線と意識が引っ張られる。

 タオルで隠しているとはいえ、あまりにも刺激が強すぎる。

 俺はハンドタオルで股間のを隠した。


「てゆーか、どうやって入って来たんだよ!」

「だって鍵開いてたし」

「……鍵?」

「兄貴、外の扉に鍵しなかったでしょ。あそこ施錠しないと、【入浴中】のランプ点かないんだよ」


然も当然の如く説明する火乃香に、俺はキョトンと目を丸くした。

 たぶん受付で説明されていたのだろうけど、部屋が一つしか取れていない事に頭が一杯だった。考えれば当たり前のコトなのに。


 「あ、でも安心して。ちゃんとわたしが鍵掛けてきてあげたから」

「そ、そうか……ありがとう」

「ホント、優しい義妹いもうとが居て良かったね。ていうか本当はわたしと一緒に入りたくて、わざと鍵掛けなかったんじゃないの?」

「バッ……バカ言うな! そんな訳あるか!」

「えー、どーかなー?」


揶揄からかううような口調で火乃香はまた小悪魔を思わせる笑みを浮かべた。

 追い出してやろうかとも思ったが、助けられたのも事実だし強くは言えない。


 「それに兄貴、今日は沢山運転してくれて疲れたでしょ。可愛い義妹がねぎらってあげるって言ってるんだから、ウダウダ言わないっ」


プクリと頬を膨らませ、火乃香は俺の肩に手を置き無理矢理と鏡に向かわせた。


 「はい、じゃあ失礼しまーす」


言うが早いか、火乃香は泡に塗れた手を俺の背中に触れ当てた。

 円を描くよう両手の平が背中を這う。

 人に背中を洗って貰うなんて、子供の頃以来だ。

 心地よくて、まぶたもトロンと重くなる。

 ……いかがわしい匂いはプンプンだけど。


 そうして背中を泡で満たした火乃香は、続いて肩から腕に掛けて勢力図を伸ばす。

 脇の下に手を入れられた瞬間は酷く焦った。

 

 「じゃあ次、前洗うからこっち向いて」

「えっ……いや流石にダメだろ、それは!」

「遠慮なんかしないでイイって」

「遠慮とかじゃねーし!」

「じゃあ、なんでそんな焦ってんのさ」

「それは、その……は、恥ずかしいだろ!」

「今更なに恥ずかしがるコトがあんの。毎晩一緒に寝てるくせに」

「それは――」


『それはお前が無理矢理一緒に寝るよう強要して、くっ付いてくるからだろう』

 そうツッコミを入れるよりも早く、火乃香が俺の膝立ちで俺の前に行こうと動く。


 だけど、今正面に回られては困る。


 タオルに隠した俺は、もはや他人様の前に出して良い様相を呈していない。満員電車の中なら変質者と間違えられても仕方ないレベルに。


 そんな有様を、15歳の可愛い義妹に見せられる訳もない。


 必死の抵抗を見せる俺に、火乃香は訝しく小首を傾げ、再び俺の後ろに戻った。

 ほっと安堵に息を吐いたのも束の間。

 火乃香は背中越しに抱きついてきた。バックハグのような体勢だ。


 俺の体を洗う事を諦めていないらしい。

 だが背中越しに正面を洗うとなれば、後ろから腕を周さねばならない。

 巻かれたバスタオル越しに、火乃香の柔らかい胸の感触が伝わった。

 緊張と羞恥に全身の筋肉が硬直する。

 火乃香が腕を動かす度に胸が揺れて、俺の背中を上下に擦る。

 心臓が痛い程打ち鳴らされ、肺が圧し潰されそうになる。

 俺はとうとう、声を出す事も出来なくなった。


 「兄貴、今日はいつもよりお腹ポヨポヨだねっ」


泡に塗れた火乃香の両手が、俺の脇腹をむにむにと摘まんで揉んだ。


「~~~~っ!!」


撫でまわすような手付きに、俺は音にならない絶叫を上げる。

 気のせいだろうか、手の甲が股間のタオルに触れた気がする。

 よもやがバレてはいまいな。

 微妙に身体を動かしポジションを変え、火乃香の悪戯な手から急所こかんを守る。


 「はーい、上は終わりー。じゃあ次は足ね」

「あ、足!?」

「うん。今日は運転と観光で疲れたでしょ。ついでにマッサージしたげる」

「いや大丈夫だから! 全然疲れてないし!」

「そう? でも足は洗わなきゃ」

「それは……だ、大浴場で洗ったから!」

「けど晩御飯の前じゃん」

「お……お俺の足は他人のより綺麗なんだよ!」


訝し気に眉を顰める火乃香の視線から逃げるよう、俺は漆塗りの浴槽へ飛び込んだ。

 折角の貸切風呂だというのに、緊張と興奮で毛程もリラックス出来ない。

 可愛いそうだが火乃香には外で待つよう言おう。

 湯船に浸かりながら溜め息混じりに振り返った、その瞬間。


 ――しゅる……。


 火乃香のバスタオルが、床に落ちた。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


このホテルの貸切風呂は人気で、【漆の湯】の他に【岩の湯】【絹の湯】【泡の湯】【季の湯】の5種類があるそうよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る