第85話 【8月上旬】お盆休みと出雲旅行④

 現在、時刻は午前11時。

 自宅アパートから、およそ6時間の道のり。

 予想より早く、俺達は出雲いずも市内にあるホテルへと到着した。

 火乃香ほのかの作ったタイムスケジュールよりは、少し押しているけれど。


 オフクロの予約してくれたホテルは、ネットでも評判の老舗しにせ旅館だった。

 落ち着いた雰囲気が漂うけれど、どこかも感じられる。

 外観はカジュアルな和風テイスト。

 門前にあるウサギの置物も印象的だった。


 「こ、ここに泊まるの?」

「そうだぞ」

「もしかして、五つ星ホテルっていうヤツ?」


大真面目で尋ねる火乃香に、俺は「食事はそれくらいかもな」と、当たりさわりの無い答えで返した。


 「ていうか悠陽ゆうひ。チェックインの時間には、まだ早いんじゃない?」

「んー、でも荷物くらい預かってくれるだろ」


かんらかんらと高笑いをしながら、俺は先陣切って館内に足を踏み入れた。

 外と同様、内装も和の趣きを醸している。


 フロントに申し出ると、思った通り荷物を預かってくれた。

 どころかチェックインも済ませてくれて。

 予約はちゃんと取れているし、料金もオフクロが先払いしてくれている。

 感謝と同時、俺はほっと胸を撫で下ろした。


 館内の説明を受け食事の時間を決めて、俺たちは早速と外へ繰り出した。

 目的の出雲大社は、ホテルから歩いて15分ほどの場所にあった。


 大社の正面玄関に位置する大鳥居おおとりいの前は、石畳の綺麗な参道だった。

 生い茂る木々や小川に囲まれて、まるで日本庭園のような美しさ。

 見た目にも涼し気で、とても気持ちが良い。


 日本人の観光客はもちろん、外国人観光客も多く見受けられた。

 島根県民ではないし出雲の関係者でもないけど、なんだか誇らしい気分だ。


 大鳥居から少し歩くと、小さなほこらが見えた。

 先ずは此処に立ち寄り身を清めてから、拝殿はいでんへと向かうのが習わしだとか。

 もちろん、これも火乃香に教えてもらった情報。


 長い下り坂を抜けると、松の木が立ち並ぶ舗装路へと進む。

 枝分かれするように道が作られているのは、神様の通り道なのだとか。

 そうとは知らずうっかり真ん中を行こうとする俺を、火乃香が慌てて手を掴み止めてくれた。


 御本殿をはじめ社殿が立ち並ぶ場所を『神域』と呼ぶらしい。神様に御会いする前に手水舎てみずしゃで手と口を清める。

 泉希みずきの貸してくれたハンカチは、優しく甘い香りがした。


 錆銅色さびどういろ?をした鳥居の正面に、大きな注連縄しめなわを構える木造りの社殿やしろが見えた。

 ここでお参りをするらしい。

 心の中で自己紹介をして、今日無事に来れたことへの御礼を言う。


 お次は瑞垣みずがき越しに本殿を参拝する。

 泉希が薬局で働いてくれる事に、そして火乃香との出会えた事に感謝を示す。


 大きな御本殿ごはんでんを中心にぐるりと右回りに回って、素鵞社そがのやしろと呼ばれる大国主大神がまつられている社へと向かう。

 なんとなくオーラを感じた。


 周りには濡れた砂が置かれていたけれど、あれは何だったのだろう。


 神域の所々には、ウサギの石像が飾られていた。

 ひとつひとつポーズが違っていて、ちょっとしたアトラクションみたいで。


 最後に神楽殿かぐらでんと呼ばれる社殿に参った。

 拝殿よりも大きな注連縄が圧巻で、三人揃って天を仰いでいた。


 お賽銭を投げて、今日お参りさせて頂いた事に礼を告げる。

 そして、これからも火乃香達との縁が続いていくことを願った。


 すぐ傍にある社務所しゃむしょ御神籤おみくじを引いた。

 火乃香と泉希は吉なのに、俺は大吉だった。

 珍しい事もあるものだ。


 来た道を辿るように鳥居をくぐり、深い会釈で神様に挨拶をする。

 そんな大鳥居へ続くように、海へ向かって通りが伸びていた。

 左右には幾つもの店屋が軒を連ねている。

 『神門しんもん通り』という観光地らしい。

 彼方此方あちらこちらから、魅惑的な香りを漂わせて。


 「ぜんざいだけは絶対に食べたい」と言うので、明日ここをつ前に食べに来ると約束した。

 明日の朝食もバイキングだということ、忘れてはいないだろうな。


 メインの通りを外れた横道にチョコレートの専門店があった。なかなかのお値段だったけど、今までに食べた事のない味と食感で感動した。

 泉希など土産用にもいくつか買い足していた。

 火乃香にもカカオミルクを買ってくれた。

 

 塩の専門店というのもあった。

 どうやら此の近くの海で採れた、霊験あらたかな塩らしい。

 他にもいちご飴の専門店やたい焼きパフェなど、地元では先ず見かけない店が沢山あった。


 通りの中腹を歩いていると、古い駅舎が見えた。

 国の登録文化財にも指定されていているらしく、昔の電車が展示されていた。

 映画のロケ地にもなったらしい。

 3人で肩を寄せ合い、写真を撮った。


 寒天の工房なる店もあった。

 俺は寒天ソーダを頼み、泉希はクラフトビールを注文していた。

 ライスバーガーも食べてみたかったけど、火乃香の視線が怖くてやめた。

 

 相変わらず腹は鳴りっぱなしだけど、俺達は楽しい気分で旅館へ戻った。

 時刻は16時。

 少し早いがチェックインして、夕食までの時間に風呂へ入ろう。

 ここの風呂は天然温泉らしいからな。

 汗もかいたし、さぞ気持ちが良いだろう。

 温泉なんて何年振りだろうか。

 ウキウキとした気分でフロントに向かい、名前を告げて鍵を受け取る。


 その直後だった。


 突き付けられた現実に、浮き足だった俺の気持ちは一瞬にして崩れ落ちた。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


大社に入る大鳥居は少し高い位置に設けられていたから町や海が一望できたわ!

ちなみに御本殿は、基本的に一般の参拝客は入れないみたい!

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