第84話 【8月上旬】お盆休みと出雲旅行③

 出雲いずも旅行の初日。

 俺と火乃香ほのかはオフクロに借りた車を走らせ、泉希みずきを迎えに彼女の自宅がある住宅地へと赴いた。

 泉希を拾ったその足で、最寄りのインターから高速道路へ入る。


 高速道路を走るなんて何年振りだろう。

 せわしない感じがして、俺はあまり好きじゃない。

 連休ともなれば尚更なおさらだ。

 

 そんな俺の懸念けねんとは裏腹に、思いのほかストレス無く進むことが出来た。

 所々で速度は落とすものの、『渋滞』と呼ぶほどではない。

 早く家を出たのが幸いしたか、オフクロの決めた日取りが良かったのか。


 「ねぇ兄貴。お義母かあさんのお土産みやげ何がいいかな」

「ん? うーん、そうだなぁ」

「お義母さんって、悠陽ゆうひの?」

「あ、はい。そうです」

「火乃香ちゃんも会ったのね」

「そう。こないだ俺と一緒に」

「緊張したんじゃない?」

「まあ、うん……最初は。でも思ったより優しい人って感じでホッとしました」

「あー、そうね。お義母様って独特のオーラがあるのよね」

「性格が唯我独尊だからな」

「社長なんだから当然よ。でも火乃香ちゃんの言う通り、お優しい方よ」

「あ、わたしもそれ思った!」


思わず敬語を忘れた火乃香に、二人は顔をキョトンと顔を見合わせた。

 けれどすぐに吹き出して、ケタケタと笑い合う。

 なんやかんや仲が良いよな、この二人も。

 狭い車内に何時間も居るのは不安だっただけど、取り敢えず一安心だな。


 そうして二人の土産談議は30分以上も続いた。

 だけど結局、土産は現地に着いてから考えようという結論に至った。


 気付くと流れる車の数が、少しだけ増えていた。

 

 トイレ休憩を兼ねて、兵庫県にある加西かさいSAサービスエリアへ立ち寄った。

 朝食を抜いたせいで、販売コーナーの総菜パンやオニギリがいつもよりずっと美味そうに見える。

 だけど火乃香に「夕食はバイキングだよ」と注意されて、渋々と飲み物だけを買うに留めた。


 SAを出ると、走る車がまた少し増えていた。

 反対側(上り車線)は、もはや渋滞の一歩手前という印象だった。


 ただ、おかげで景色を堪能できた。

 紅葉に彩られる秋ならまだしも、夏の山に感銘を受ける事は無いと思っていたのが正直なところ。

 けれど存外、青々とした夏の山も見物だった。

 なにより雲一つない快晴。

 自然と気分も晴れやかになる。


 車内トークは島根県の話に変わった。

 泉希も島根県を訪れるのは初めてらしく、火乃香に名産品を教えて貰っていた。

 余程楽しみにしているのだろう。携帯電話ひとつで色々と調べてくれたらしい。

 おまけにあろうことか、火乃香は【旅のしおり】なる物を作っていた。

 何時に何処へ到着して、どんな場所を回るのかというもの。

 手作り感満載でくすぐったい感じもするけど、そこらの情報サイトを観るよりもずっと分かり易かった。


 8時を過ぎた頃、車は岡山県に入った。


 岡山県はフルーツの名産地で、中でも桃やブドウが有名らしい。

 それも火乃香に教えてもらった。

 食い物の話をすると、腹が鳴って仕方なかった。

 泉希も朝食を食べていないと言う。

 空腹を紛らわそうと、食べ物しばりのを始めた。

 余計に腹の虫が騒ぎ出してしまった。


 それから間もなくして、中国自動車道の勝央しょうおうSAでトイレ休憩を挟んだ。

 フードコートから美味そうな匂いが漂ってきて、腹の虫が一層とわめいた。

 火乃香も「美味しそう」と心の声を漏らし、腹をさすっていた。

 

「グミくらいなら、食べて良いんじゃね?」


商品棚を指差し尋ねると、火乃香は「仕方ない」と笑顔を抑えきれない様子で鼻息を荒げた。

 岡山県名産の白桃で作られたというグミを買い、車に戻り三人でシェアした。

 桃の香りと糖分が、体全体に染み渡った。

 

 米子よなご自動車道(米子道)に入ると、流れる景色がまた一味違って見えた。

 雲一つない青空に高く連なる山々。

 心が洗われるようだった。


 9時30分頃に蒜山ひるぜん高原SAに到着した。

 出雲大社まで残り約100kmキロ

 順調に行けば、あと1時間半~2時間ほどで到着する算段だ。

 

 「すっごい! 景色サイコー!」

「本当、空気がおいしい!」


高く聳える大山だいせんを前に、火乃香と泉希が深呼吸をしていた。高速道路だから空気が美味いはずもないと思う俺は、心がすさんでいるのか。


「にしても、腹減ったなー」

「ふっふっふ。それなら大丈夫」

「なんで?」

此処こちらでは名産品を食べるからです!」

「マジか! やった!」

「なになに、何食べるの?」


期待に胸を踊らせる俺と泉希に、火乃香は得意満面と店内へ向かった。

 火乃香の指示に従って購入したのは、ソフトクリームとプリン、それにシュークリームだった。

 どうやら全てに蒜山高原で育ったジャージー牛のミルクが使用されているらしい。

 

 外に設けられているウッドデッキに座り、大山を目の前に食べた。

 どれも濃厚な味わいで、ミルクの香りが口一杯に広がって。

 とりわけシュークリームは最後の一個で、火乃香はホクホク顔で頬張った。


 運転の疲れもすっかり吹き飛んで、俺たちは車に乗り込んだ。

 泉希が運転を変わると名乗り出てくれた。

 だけど「どっちがアクセルだっけ」と聞いてきた瞬間、再び俺が運転席に戻った。


 意外なことに出雲市に近付くほどスムーズに進んで、蒜山高原SAから1時間ほどで高速を降りた。


 長閑のどかな道だった。

 人っ子一人歩いていない。

 だけど嫌いじゃない。

 心が落ち着く感じで、とても気持ち良かった。


 田畑に囲まれた道を通り抜け、市街地に入った。

 初めて見る街並み。

 都会みたく高いビルなんてまるで無い。

 漂う空気も、穏やかで透き通っている。

 人通りは多くない。

 だけど、活気に満ち溢れていた。


 暫く街中を走って、一本だけ脇道に逸れる。

 途端にまたのんびりとした景色に変わった。

 人通りの少ない道を再び進む。

 歩行者の少なさは元より、信号の少なさにも驚かされた。

 そんな一本道を真っ直ぐにひた走る。


 そしていよいよ、目的の旅館が見えてきた。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


混んでなければ4時間〜5時間くらいで行けたけれど、流石にお盆休みだったから少し時間が掛かってしまったわね!

でも古今東西をしたり火乃香ちゃんがクイズを考えてきてくれたりして、全く退屈しなかったわ!

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