第82話 【8月上旬】お盆休みと出雲旅行①

 「――誕生日プレゼントに出雲いずも旅行を?」

「そう。泉希みずき火乃香ほのかと俺の三人で」


月曜日の昼すぎ。処方箋しょほうせんの束をまとめながら、俺は泉希に先日の件を打ち明けた。

 てっきりオフクロから聞いているものとばかり思っていたが、どうやら泉希も初耳らしい。呆気に取られた様子で大きな目を一層と見開いている。


「もしかして、何か予定があったか?」

「い、いえ! 特にないけど、ただ……」

「ただ?」

「お、お義母かあさまの公認で貴方と旅行だなんて……そんなのまるで――」


モジモジと指遊びをしながら、泉希はどこか困った風に頬を赤らめる。

 どことなく言い出しにくそうな振る舞いに、俺はその真意を察した。


「そっか、そうだよな。急に旅行なんて言われても困るよな。悪い、オフクロには俺から言って――」

「行かないなんて言ってないでしょ!」


俺の言葉を立ち切るみたく、泉希は食い気味に声を荒げた。

 けれど驚く俺の姿に、すぐさま冷静さを取り戻して「コホンッ」と咳払いする。


 「というか、どうして出雲なのよ」

「ん……ああ、出雲は縁結びの御利益があるらしいからな。仕事の御縁が広がるようにって感じで選んだんだろ」

「なるほどね。お義母かあ様らしいわ」

「ほんとそれな。けど観光地としても有名で、大社周りには土産物屋とか飲食店も沢山あるんだと」

「詳しいわね」

「火乃香が色々調べてくれて」

「火乃香ちゃんが?」


小首を傾げる泉希に、俺はコクリと頷いて返した。



 ◇◇◇



 先日の日曜日、実家から帰宅した俺はすぐに出雲旅行の件を火乃香へ伝えた。

 恐竜でも見つけたような顔で火乃香は驚き、しばらく放心状態だった。


 聞けば旅行自体はじめてのことらしい。

 修学旅行は積立金を払えず、学校で自習していたのだとか。

 オフクロへ御礼の電話をするよう、火乃香は何度も俺にせっついてきた。

 よほど旅行に行けるのが嬉しいらしい。

 一生の思い出に残る旅にしよう。



 ◇◇◇



 あっという間に時間は過ぎて、ウチの薬局も無事お盆休みを迎える事となった。

 今年はカレンダーの並びが良くて、なんとなんとの8連休である。


 8月10日の土曜日まで仕事して、翌11日から18日の日曜日までがお休み。

 オフクロが予約してくれたのは12日と13日。

 1泊2日の日程だけど、帰省ラッシュに被らないのが有り難い。

 

 営業最終日は流石に忙しかったけれど、なんとか乗り切ることが出来た。

 けど、やっぱり人手不足は否めない。

 薬剤師はもちろん、事務員も足りていない。

 早くなんとかしないとな……。


 そんな不安を胸に抱きつつ、俺は旅行前日に一人で実家を訪れた。

 オフクロに車を借りるためだ。


 島根県出雲市までは新幹線か飛行機で行くものと考えていた。

 だがそれでは金が掛かるし、そもそもチケットが取れるかも怪しい。

 そんな俺の不安を予想していたのか、オフクロが車を貸してくれるらしい。

 

 火乃香も一緒に行きたいとゴネたが、「行けばまた小遣いを渡される」と言うと渋々断念した。

 案の定、実家へ行くとオフクロは『火乃香ちゃんが来てくれたら、またキキの散歩に行ってもらおうと思ったのに』とポチ袋を見ながら呟いていた。

 小遣いを渡す口実作りなのが見え見えだ。

 俺にはロクに小遣いなんてくれなかったのに。

 やはり孫のように思っているのだろうか。

 

 ちょっとだけ複雑な気分だけど、仲違いするよりは余程いいだろう。


 小遣いを貰って火乃香が喜んでいたと伝えると、オフクロはまた俺にポチ袋を持たせようとした。

 さすがに申し訳ないので丁重に断り、キャリーケースと車の鍵を受け取って早々と退散した。


 車は近所のコインパーキングに停めた。

 自宅に戻るや否や、火乃香がキャリーケースに荷物を詰め始めた。

 一泊二日の旅行なので、俺と火乃香の荷物は一つに纏める算段だ。


 「ねえ兄貴。出雲って海あるらしいよ」

「ああ、日本海側だもんな」

「じゃあ泳ぐ? 海水浴する? 水着持ってく⁈」

「どうだろうな。海水浴場でもあれば泳げるだろうけど……けど泳いでるような時間あるかな?」

「あ、そっか。2日だけだもんね」


どこか気落ちした様子で、火乃香は俺の水着を広げた。そんなにまじまじと見つめないで欲しいが。


 「ていうか、お土産なに買おう。お義母さんって何が好きなの?」

「なんでもいいと思うけど」

「なんでも良くない! お蕎麦が名物みたいだし、それにしようかな」

「ああ、出雲そばってやつな」

「そうそう。あ~、ぜんざいも美味しそう〜」


携帯電話で旅行先の情報を検索しながら、火乃香は恍惚の表情を浮かべた。


「言っとくけど、買い食いはダメだぞ」

「えっ! なんで?」

「オフクロが取ってくれたこのホテル、朝食と夕食はビュッフェ型式の食べ放題みたいだから」

「た、食べ放題⁉︎」


俺の言葉を反芻はんすうする火乃香は、両の目を大きく広げ勢いよく顔を上げた。


 「食べ放題って、前に兄貴と行ったみたいな?」

「いやいや、あんなモンじゃないぞ。かにとか海鮮とかステーキとか。普段食えないモンがわんさか」

「か、蟹……ステーキ……!」

「そう。だから買い食いで腹を膨らませるのは勿体もったい無いぞ。むしろタッパー持っていきたいくらいだ」

「そ、それは他のもの食べてる余裕ないね!」


ぐっと両手の拳を握り、火乃香は決意を表した。

 バイキングのために腹を空かせておけば、余計な買い食いを控える口実になるし、出費を抑えられる。もしかすると、その辺も考えてくれたのかな。


 「んー、でもさ兄貴。折角だしこのお蕎麦そばは食べてみたくない?」

「それもホテルで出るみたいだぞ」

「え、嘘!」

「本当ホント。ほらここ」


俺はオフクロから貰ったパンフレットを見せた。

 火乃香は「わー」「すごい」と、感動の声を上げるばかりだった。

 まだ旅行前日だというのに騒がしい限りだ。


 けどまあ、旅行へ出発するまでに準備も、旅行の醍醐味ってヤツだよな。


 なんだか俺も、明日が待ち遠しくなってきた。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


調剤薬局というのは門前病院さんの御都合で休みが決まる所も多いの! 腎臓(透析)内科みたく休みが取れない医院さんが門前だと、長期連休がゼロという店舗もあるわ!

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