第四章 ワクワク期 (※付きのエピソードにはちょっとHなシーンがあります。ご注意下さい)

第77話 【8月上旬】火乃香と悠陽の不思議な距離感

 「――あーにきっ! お帰りっ!」

「うおぅっ!」


仕事から帰宅した矢先。俺を出迎えてくれた火乃香ほのかが勢いよく抱き付いてきた。

 否、飛び付いてきたと言った方が正しいか。

 

 「御飯にする? お風呂にする? それとも……義妹いもうとにする?」


俺の首に腕を回したまま、火乃香は白い歯を浮かべ悪戯っぽく微笑んだ。


「ふ……風呂で」

「はーいっ」


甘い匂いと優しい声。張りのある柔らかな肌に、俺の理性はこれでもかと揺さぶりを掛けられた。

 堪らず視線を逸らして返す俺に反し、火乃香は明るく元気に応えていそいそと風呂場へ向かった。


 風間かざまくんとの【ドッキリデート】から数日。

 今まで以上に火乃香の距離感が近くなった。

 仲直り出来たのは嬉しいし、機嫌よく居てくれるのも有難い。


 確かに少しやり過ぎな気もするけど、今まで親に甘えられなかった反動だと思れば無理に拒むのもはばかられる。

 それに、もし突っねようものなら、また機嫌を損ねそうだしな。

 当面はやりたいようにさせておこう。

 きっとその内熱も冷めるだろう。

 問題は、それまで俺の理性が保ってくれるかどうかだけど……。


 「兄貴ー。お風呂の用意できたよー」

「お、おう。ありがと」


脱衣所から戻ってきた火乃香と入れ替わるように、俺は風呂場へと向かった。

 けれど何故か火乃香もUターンして、俺に後ろに続き脱衣所に入る。


「……なにしてんだ、お前」

「背中流してあげようかなって」

「いやアホか」


揶揄い上手な義妹の額を叩けば、ぷくりと頬を膨らませ不満を表した。

 『やりたいように』とは言ったけれど、さすがにこれは冗談が過ぎる。

 脱衣所から火乃香を締め出し、俺は落ち着かないまま湯船に浸かった。


 風呂から上がると食事が用意されていた。

 高価な食材は無いけれど、品数は多くどれも手が込んでいた。

 しかもデザートにプリンまで用意されて。

 思わず何かの記念日かと疑った。


 「兄貴、最近ちょっと疲れた顔してない?」

「あー、まあ……最近暑いしな」

「わたしマッサージしてあげよっか?」

「おお、本当か。それは助かる」

「うん。じゃあ横になって」

「うーい」


言われるまま俺はベッドにうつ伏せた。

 夕食の後片付けを切り上げ、火乃香はいそいそと駆け寄ってくる。


 「しつれいしまーす」


どこかセリフ口調に言うと、火乃香は寝そべる俺の背中にまたがってきた。

 正確に言うと、俺の尻の上に。

 何となく如何いかがわしさを覚えるのは、俺の心が汚れているからか。

 そんな邪念を知るよしもなく、火乃香は背中や腰に親指を押し当てていく。


 「どう、兄貴」

「おー、すげー気持ちいい」

「んふー、ならよかった」


決して痛くはない。かといって緩くもない。絶妙な力加減の指圧だ。

 まるでソフトマッサージを受けているみたいで、トロンとまぶたも重くなる。

 いっそこのまま睡魔に身を任せようかと思った、その直後。


 「あーにーきっ」


火乃香が勢いよく俺におおい被さってきた。

 傍から見れば、まるで総合格闘技。

 火乃香が俺をがい締めにしているよう。

 だが痛みなどない。

 むしろ気持ちがいい。

 柔らかい胸が、俺の背中をむにゅっと押して。


「な、なにしてんだお前!」

「マッサージ後のサービスでーす」

「いやどんなサービス⁉」

「なんかー、抱擁ハグで一日の7割近いストレスが解消されるんだって」

「へー……じゃなくて!」


顔が赤くなるのを感じながら、俺は身をよじり火乃香を無理矢理に退かせた。

 口先尖らせ不貞腐れる義妹を尻目に、俺は早々と寝る準備を始める。


 やはり以前にも増してボディタッチが多くなった気がする。

 そのうえ遠慮が無くなった印象だ。

 家族なのだから遠慮なんて必要無いが、それでもやはりドキドキする。

 歯磨きを終えてトイレを済ませると、リビングに火乃香の姿は無かった。どうやら入れ違いで風呂に入ったらしい。


 ほっと安堵に息を吐きながら、俺は再びベッドに転がった。

 扇風機の風が火照ほてった肌に心地良い。

 そういえば俺の抱き枕が見当たらないけど、どこに行ったのだろう。

 部屋の中を探していると、火乃香がドライヤーを片手に風呂から戻ってきた。

 扇風機の前に陣取って、長い髪を乾かし始める。


「なあ火乃香。俺の抱き枕は?」

「仕舞ったけど」

「え、なんで」

「だって要らないでしょ。もう暑いんだし」


平然と答えるや、火乃香はドライヤーを置いて俺の隣に勢いよくダイブした。

 息の掛かりそうな距離に火乃香の顔がある。

 相変わらずの整った美少女フェイスだ。


 「ていうか、なんであんなの要るのさ」

「……なにか抱いてないと不安なんだよ」

「ならわたしのこと抱けば良いじゃん」

「ぶふっ!」


突拍子の無い台詞に、思わず吹き出してしまった。

 ゲホゲホと激しく咽ぶ俺に、火乃香は「大丈夫?」と無垢な瞳で背中を撫でさすってくれた。


「ああ、ありがと……じゃなくて、何を言ってんだお前は!」

「だって一緒に寝てるんだし。わたしのこと抱き枕の代わりにすれば良いじゃん」

「そんな真似できるか!」

「なんで」

「そらだってお前……暑いだろ!」

「扇風機あるじゃん」

「それでも汗はかくだろ! 汗臭いぞ、俺は!」

「そう?」


小首を傾げて身を乗り出すと、火乃香は抵抗も無く俺の首元に鼻先を寄せてクンクンと鼻を鳴らした。


 「別に気にならないけど」

「え、マジで?」

「うん。むしろ好きな匂いかも」


まるで香水を試すかのように、火乃香は何度も鼻先を寄せて俺の匂いを嗅いだ。

 好きな匂いと言われて嫌な気はしない。

 けれど胸の奥をくすぐられたようで、俺はフイと顔を逸らした。


 「てかそんなに言うって事は、もしかして兄貴はわたしの匂い嫌いなの?」

「いや……嫌いとかは無い。いい匂いだと思う」

「ふーん、そっかそっか」

「なんだよ、ニヤニヤして」

「べっつにー」


口端に柔和な笑みを浮かべ、火乃香は勢いよく俺に抱き着きそのまま二人してベッドに横たわった。

  まるで俺が腕枕をするような体勢だ。


 「んふー、あーにきっ」

「な、なんだよっ」

「なんでもなーい。呼んだだけー」


ニッと白い歯を浮かべ、火乃香はここぞとばかりに俺を抱き締める。

  

 なかば諦念ていねん気味に、俺は火乃香に身を委ねた。


 保護者として兄貴として、俺はその務めを果たすことが出来るのだろうか。


 なんだか不安になってきた……。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


遺伝子的に相性の良い相手の体臭は、決して臭いとは思わないそうよ。ちなみに私も悠陽の匂いが気になった事は一度も無いわ!

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