第78話 【8月上旬】俺と火乃香と時々オカン①
――ヴーッ、ヴーッ!
夕飯を食べ終え、まったりしていた金曜の夜。俺の携帯電話が突然と震えた。
何かと思い画面を開けば、オフクロの名前が表示されている。
仕事終わりでやっと一息ついた所なのに、一体何の用だろう。
緊張感から無意識に背筋を伸ばし、俺は通話アイコンをタップした。
「……もしもし?」
『あー、
「なんやねんオカン、急に電話なんて」
『いやアンタ、お盆は帰ってくるんか思うて』
「あー、もうそんな時期か」
どうやら緊急の用事ではないらしい。
俺はほっと安堵に胸を撫で下ろした。
「んー。せやなぁ、どないしよかな」
『なんで迷うねんな。どっか旅行でも行くんか?』
「いや行かへんよ。金あらへんし」
『せやろな』
「せやろなって」
『
「行けへんよ。ちゅーかなんで泉希?」
『あの子も
「なんでオカンが知っとんねん」
『メールで聞いたんや』
さも当然とばかりにオフクロは答えた。
だが考えてみれば、それ以外に無いのだが。
二人は昔から仲が良かったし。
泉希がまだ大学生だった頃、ウチの薬局へ研修に来ていたという。
二人はその当時からの知り合いらしい。
もう5年以上も昔のことだ。
故にオフクロは俺以上に泉希と縁が深い。
おまけに泉希も俺のオフクロを本当の母親みたく慕っているようだ。
早くに親御さん亡くしているせいだろうか。
『それよりアンタ、今度の日曜日ウチおいで』
「いや唐突か。なんやねん急に」
『アンタに誕生日プレゼントあげよ思てな』
「へっ?」
予想外の答えに、思わず素っ頓狂な声が漏れた。
誕生日プレゼントだなんて、ここ数年貰ってないから驚いてしまった。
もういい年だし、当たり前といえば当たり前なんだけど。
「いやでも、俺の誕生日6月なんやけど。いまもう8月やで」
『要らんのかいな』
「そうは言うてへんやろ」
『ほな明後日の日曜日な。お昼頃おいで。お寿司でもとったるから』
「あー……分かった。ほな行くわ」
『ん。ああ、それとやね』
「ん?」
『
オフクロの言葉に俺はビクリと肩を震わせた。
同時に、言いようのない緊張感が背筋を走る。
「な、なんで火乃香も?」
『イッペン
「いやでも……
『なんや。私が会うたらアカンのか』
「そ、そうやないけどやな」
『ほなええやん。とにかく連れておいで』
つっけんどんにそう告げると、オフクロは一方的に通話を切った。
人の都合より自分の意思を優先する性格は、相変わらずだな。
「電話?」
溜息混じりに携帯電話を置いた途端、不安気な様子で火乃香が尋ねた。
「お
「ん……まあ、な」
「なんて」
「今度の日曜日に来いって。俺に誕生日プレゼント渡すからって」
「あっ……そう」
どこか安心したような、なのに何処となく寂しそうな
火乃香はオフクロさんとの関係がうまくいってなかったみたいだし、思う所があるのかもしれない。
火乃香の誕生日は盛大に祝ってやろう。
「あ……そうだ。それでなんだけどさ、火乃香」
「なに?」
「オフクロが、お前にも一緒に来てほしいって」
「わ……たしも?」
自分を指差し目を見開く義妹に、俺はコクリと
「な、なんでわたし?」
「なんか、イッペン会いたいって」
「そ、そう……」
明らかに戸惑った様子で、火乃香は下を向いた。
当然の反応だろう。
火乃香に原因が無いとはいえ、オフクロとは複雑な関係に在るのだから。
それが証拠に、オフクロもついこの間まで『会いたくない』と言っていた。
何か良からぬ事を企んでいるのではと、息子の俺でさえ疑ってしまう。
火乃香が
「お前がイヤだって言うなら断るよ。オフクロには俺から上手く言うから。なんなら当日は体調崩したことにして――」
「ううん、わたしも行く」
俺の言葉を遮るように、火乃香は力強く答えた。
瞳にも、覚悟の色が揺らめいて見える。
「いいのか?」
「うん。わたしも兄貴のお義母さんに会いたいって思ってたから。お母さんのお墓の事とか、まだ御礼も言えてなかったし」
強く頼もしい口調で、火乃香は拳を固く握った。
けれどその手は小刻みに震えている。
本当は怖いのだろう。
当たり前だ。
何を言われるか分かったものじゃない。
それでも礼儀を通そうとする火乃香を、俺は心底誇りに思えた。
不安に甘える義妹を決して拒むことなく、その身ごと腕の中に受け入れて……。
-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------
以前にも話したか分からないけれど、お義母さまは京都の御出身なの。だから基本的には関西弁よ。悠陽も普段は標準語だけど、お義母さまと話す時だけ関西弁になるみたい!
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