第76話 【泉希サイド】火乃香と泉希のメッセージ②

 火乃香ほのかちゃんと風間かざまくんがK市へ遊びに行くと、悠陽ゆうひに伝えた日。私は彼女へその旨をフィードバックした。

 

 もちろん、悠陽が尾行をくわだてていることも。

 それに私がそれに付き合うことも。


 火乃香ちゃんはすぐさま風間くんへ連絡し、私達が同行する事について彼の同意を得たらしい。 

 まさか風間くんまでOKするとは思わなかった。 

 たとえ悠陽や私に見られていても、火乃香ちゃんとデートをしたかった……という意志の表れか。


 何度も【LIMEライム】で打ち合わせしていたから、火乃香ちゃんは私達の尾行ごっこを認知していた。

 風間くんも私達の存在には気付いていただろう。

 何も知らないのは悠陽だけ。

 彼には悪いけど、一生懸命隠れようとする後ろ姿には笑ってしまった。

 

 思った通り、風間くんの良く場所は”如何いかにも”なデートスポットだった。

 もっとも、私は学生らしいデートなんて知らないけれど。

 そもそも、悠陽以外のひととデートなんてした覚えも無い。

 それだって、二人で水族館へ行った一度きり。

 おまけに悠陽もそういうのに疎くて、デートらしい振る舞いは出来なかった。

 

 だから『ごっこ遊び』の延長でも、悠陽と二人で繁華街を回れるのが嬉しかった。

 ウィンドウショッピングなんて、本物のカップルみだいだから。

 私は隠れるフリも忘れて、普通に買い物や観光を楽しんだ。


 次に訪れたゲームセンターのUFOキャッチャーで、火乃香ちゃんらはハムスターのぬいぐるみを取ろうとしていた。

 そのかたわら、私はコアラのぬいぐるみを見つけた。

 ぼーっとした顔が悠陽に似ている気がした。

 気付けば私は100円玉を投入していた。

 ぬいぐるみを抱えて戻った時の彼の表情は、特別そのコアラと似ていた。


 お昼時になって、二人はクレープを食べていた。

 どこのお店も満席だったらしい。

 学生はちょうど夏休みだし、日曜も重なっていたから仕方ないだろう。


 風間くんにとっては止むを得ない手段だったろうけど、クレープというチョイスはなかなかどうしてカップルっぽくて素敵だった。


 少なくとも、私は嫌いじゃない。


 思わず『いいなー』と心の声が漏れてしまった。

 その声を悠陽は聞き逃さなかった。

 『ちょっと待ってろ』とだけ言うと、悠陽は高架下の店に向かって走った。


 だけど戻ってきた彼の腕に合ったのは、クレープでなくだった。

 買ってきてくれたのは嬉しいし、それ自体は嫌いじゃない。

 でもなんとなくモヤモヤした気持ちで、私はそれを齧った。

 

 クレープを食べ終えた二人は、映画館やカラオケボックスの前を通った。

 だけど、どの店にも入らなかった。

 室内では私達が見逃してしまうと考えたのか。

 

 二人は何故か街の北側にある神社を訪れた。

 お参りをして、御神籤おみくじを引いて。

 全然デートっぽくないのに、火乃香ちゃんは今日一番の笑顔を浮かべていた。


 それから二人の距離は急激に近くなった。

 火乃香ちゃんは表情にも笑顔が増して。

 風間くんもどこか吹っ切れた様子で、さっきよりずっと自然体に見えた。


 心なしか距離の近くなった二人は、駅前の繁華街を離れて街の南側――オフィス街へと足を向けた。

 そこにあったのは大きな公園。

 街の片隅にたたずむ、オアシスみたいな場所だ。


 私は喉が乾いて、一人コンビニに向かった。

 火乃香ちゃんへメッセージを送る為でもある。

 『悠陽を一人にしたから』と。


 理由はよく分からないけど、『兄貴が一人になったタイミングで連絡が欲しい』と火乃香ちゃんにお願いされていた。


 仲直りの秘策でもあるのだろうか。


 火乃香ちゃんがどんな方法を使って仲直りしたのかは分からない。

 しかも私が戻ってきた時には、風間くんが一人先に帰ったらしい。


 なにはともあれ、二人が仲直り出来て良かった。

 家族が仲違いする姿は……見ていて気持ちの良いものじゃないから。


 ただ……二人仲良く並ぶ姿に違和感を覚えた。

 まるで仲睦まじい恋人を見てるみたいようで。


 やっぱり、二人は……。


 胸の奥に、黒いもやのようなものが渦巻いた。

 暗雲のような思考が脳裏をぎった。


 だけど火乃香ちゃんは私とも腕を組んでくれた。

 私も家族になれたみたいで、それまでのくらい疑念は吹き飛んでしまった。

 それに、火乃香ちゃんが私のことを『泉希さん』と呼んでくれたから。


 嬉しかった。

 彼女に認められた気がして。


 胸が躍った。

 私にも家族が出来たような気がして。


 そして安堵あんどした。

 もし本当に彼女が悠陽へ恋愛感情を抱いていたのなら、私を警戒こそすれ、懐いてくれる事は無いだろうから。


 やっぱり、私の思い過ごしだろう。

 

 だけど何故だろう。

 胸の奥につかえが残るのは。

 微笑み合う二人を見ていると、不安になるのは。


 もしかすると火乃香ちゃんではなく、悠陽が彼女のことを……。


 いや、そんな筈はない。

 悠陽はそんな人間じゃない。

 彼は真摯しんしな思いで彼女を引き取ったのだ。


 そう自分に言い聞かせて、あふれそうになる言葉を喉の奥に押し留めた。


 黒くうごめく感情を……胸の内に押し殺した。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


長かった風間くん編は今回で終了よ! お付き合い下さり本当にありがとう! 次回からはお盆休み編がスタートします!

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