第73話 【風間くん視点】北風と太陽③

 朝日向あさひな調剤薬局を訪れて、数日経った日曜日。

 とうとう朝日向あさひなさんとのデート当日を迎えた。


 デートと言っても、朝日向さんはお義兄にいさんへの【ドッキリ】がメインだと考えているはずだ。


 だけど僕は違う。


 僕の本懐は朝日向さんを振り向かせること。

 真似事とはいえデートには違いない。

 これを切っ掛けに朝日向さんとは仲良くなって、必ず彼女を振り向かせる。


 緊張と高揚感に身震いしながら、僕は上擦った気持ちで家を飛び出した。


 朝日向さんとはK市の繁華街で待ち合わせをしている。

 ネットで調べた、待ち合わせに有名な場所だ。

 時刻は午前9時。楽しみ過ぎて約束より1時間も早く着いてしまった。


 あまり早すぎると朝日向さんが恐縮するかもしれない。僕は待ち合わせ場所の近くに隠れ、出ていくタイミングを見計らった。

 そうして朝日向さんが来たのを確認し、数分遅れた風を装って合流する。


『お待たせ、朝日向さん。待った?』

『ううん、わたしも今来たとこ』

『良かった。じゃあ、行こっか』

『うん。今日はゴメンね、変なコト付き合わせて』

『全然。むしろ朝日向さんと遊べてラッキーだよ』

『アリガト。そう言ってくれると助かる』


朝日向さんは申し訳なさそうに微笑んだ。

 その姿が可愛すぎて、僕の心臓は痛いくらいに脈を打った。

 なにより朝日向さんのスタイルだ。

 Tシャツにショートパンツとシンプルな装いだけど、朝日向さんは可愛いから何を着ても似合う。


 思わず見惚れていた、その直後。ゾクリと背中に寒気が走った。

 チラと横目に振り向いけば、少し離れた場所からお義兄さんが見ている。

 あれで隠れているつもりなのか。

 隣に居る女の人は、朝日向さんに協力してくれている薬剤師さんだろう。


 【ドッキリ】なんて下らない遊びに協力してくれている辺り、お義兄さんへ好意があるのだろう。

 あんなに綺麗な彼女さんが居るのに、朝日向さんまで囲おうだなんて……なんだか無性に腹が立ってきた。


『そうだ朝日向さん』

『なに?』

『折角だし、手でも繋ぐ?』 


にっこりとウケの良い笑顔を浮かべて、僕は朝日向さんに左手を差し出した。

 だけど朝日向さんは顔を真っ赤に染めて、大慌てに首を振って返す。


 『さ、流石にそれはやり過ぎ!』

『そう?』

『そうだって! あくまで今日は兄貴を見返す為の【ドッキリ】だから!』

『そっか、残念』


決して食い下がらず、僕はすぐに手を引いた。

 朝日向さんと手を握れなかったのは残念だけど、アタフタと狼狽うろたえる彼女は本当に可愛いかった。


『朝日向さんは、どこか行きたい所とかある?』

『あ、えと……よく分かんない』

『こういう所、あんまり来ない感じ?』

『うん』


見栄を張ることもなく、朝日向さんはコクリと素直に頷いた。

 願ってもない事だ。

 朝日向さんが遊び慣れていない事が分かったし、何より僕のことをアピールできるチャンスだ。

 考えてきたデートプランも遂行しやすい。

 僕が彼女をリードすれば、頼りがいのある男だと見直してくれるはず。

 

 鼻息を荒く、僕は小さくガッツポーズした。


 一際賑やかなアーケード街に入ると、僕達は適当な服屋へ入った。

 中高生向けのカジュアルショップでないのはすぐに理解したけど、それも話のネタになると踏んだ。


 でも朝日向さんは、終始つまらなそうだった。


 挽回するべく僕は向かいの本屋に入った。

 流行りを気にしない朝日向さんでも、読みたい本の一冊や二冊あると思った。

 朝日向さんは料理が好きらしいので、二人で雑誌コーナーに向かった。


 『この料理、兄貴が好きそう』

 『今度、兄貴のお弁当に入れてあげようかな』

 『兄貴、今日のお昼は何食べるんだろう』


だけど、朝日向さんが口にするのは、お義兄さんの話ばかりだった。

 たまにハッと気付いて『風間かざまくんは何が好き』と言い加えてくれ。


 その優しさが、かえって辛かった。

 

 居た堪れなくなって、僕は本屋から連れ出した。

 目的があったワケじゃない。

 ただ、これ以上本屋ここに居たくないと思った。


 何となく人通りの多い場所を歩いていると、不意に朝日向さんが立ち止まった。

 なにかと思って視線を向ければ、ゲームセンターのUFOキャッチャーだった。


 中の景品は、不細工なハムスターのぬいぐるみ。


 どこが可愛いのか微塵も分からない。

 だけど朝日向さんが見つめていたので、僕は何も言わずにコインを入れた。


 10回以上トライしたけど、取れなかった。

 UFOキャッチャーなんて数える程しかやった事がないし。


 小銭が無くなって両替をしに行こうとした僕を、朝日向さんが掴んで止めた。

 本当のカップルみたいで、ちょっと嬉しかった。


 ただ、あのハムスターのぬいぐるみ。

 今思えば、どこかお義兄さんに……いや、それは考え過ぎだろう。


 いずれにせよ、僕のデートプランは良いスタートを切れなかった。

 だけどまだまだ、ここからが勝負だ。


 時刻もちょうど昼を過ぎた辺り。


 気を取り直して、僕はレストランを探した。




-------【TIPS:水城泉希の服薬指導メモ】-------


風間くんはK市には何度か訪れていて、中学3年生の頃には当時お付き合いしていた彼女さんと遊びに行った事もあるそうよ。

ただその時は老舗の丼屋さんに行って、彼女さんがガッカリしたいみたい。

彼はそれがトラウマになってるみたいね。

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